殆どの生徒が帰宅したか、部活動に打ち込む土曜日の放課後。
生徒会室でルルーシュとコーネリアは真面目に庶務をこなしていく。その仕事もラストにさしかかり、もうすぐ終わろうとしていた。

「後はこの書類を職員室に届けるだけだ。ルルーシュ、お疲れ」

「いえ、少しでも力になれたのなら。姉上こそお疲れさまです」

互いに労いの言葉をかけて微笑み合う。そんな些細な行為も、目の前の人とならつい、嬉しくなってしまう。

「お仕事も一段落ついたし、お昼にしないか?」

コーネリアはそう言いながら、鞄から弁当箱を取り出した。土曜の昼は庶務が終わり次第、二人だけで、コーネリアの手作り弁当を食べる事が日課になっていた。

「あ…ちょうどお腹も空いたし。お弁当、いつもありがとうございます」

「気にするな…何時もお仕事を手伝って貰っているしな……それに、弁当をルルーシュに食べて欲しいって思って……私がお礼を言いたいくらいだ」

コーネリアが頬を少し赤く染めて俯く。何時も凛々しい彼女の別の一面に、ついルルーシュも照れくさくなってしまった。

「そっ、それじゃ、俺、お茶を用意しますから…」

「え、あ、いや…私が…」

恥ずかしさを誤魔化すかのように、機敏な動作でルルーシュは席を立つ。コーネリアが言うより先に、ルルーシュは席を立って、流しへとそそくさ移動してしまう。
何となく手持ち無沙汰になって、コーネリアは仕事の為に出していたファイルを片づける事にした。
殆どのファイルは棚のすぐ取れる位置にしまえばよかったのだが、ひとつだけ高い位置にしまうものがあった。いつもはルルーシュに片づけて貰っているのだが、今、ルルーシュはお茶をいれている。
他のファイルより厚みがあるものの、運べない重さではないと判断して、コーネリアは脚立を用意して片づける事にした。

「…この…ファイルの間に…」

呟いてファイルとファイルの間に差し込もうコーネリアは手を伸ばす。その瞬間、手に持っていたファイルの重みにバランスを崩してしまった。

「きゃっ……!」

危ないと思った瞬間にはもう遅かった。コーネリアの体は脚立から落ちていく。
スローモーションのようにゆっくりと落ちていく中、耳がルルーシュの声を捕らえた。

「姉上…ッ!」

コーネリアは激しく床に打ち付けられると覚悟していたが、思ったほどの衝撃はなかった。ゆっくり目を開けると、床とコーネリアの間にルルーシュが割って入っている事に気がつく。

「ル、ルルーシュ…!」

コーネリアは慌ててルルーシュから飛び退ける。間一髪のところで、コーネリアを助ける為に飛び出してきてくれたのだろう。

「姉上、怪我は…?」

「あ、ああ。お前のお陰で…ありがとう」

「そっか、よかった……痛っ」

右手首をついて起きあがろうとしたルルーシュが、顔をしかめて声をあげた。コーネリアを庇った時に痛めのかもしれない。
コーネリアは慌ててルルーシュの手の様子を確かめる。

「ルルーシュ!大丈夫か…?すまない、私がしっかりしていれば…」

自分を責めるように、コーネリアは顔を曇らせた。そんなコーネリアを元気づける為に、ルルーシュは明るく笑って元気に振る舞う。

「大丈夫。ひねっただけだと思うし。折れてないし平気平気」

「だが、せめて保健室で手当を…」

「うーん…大丈夫だとは思うけど…一応、付き添って貰えます?」

ルルーシュの言葉にコーネリアは当然というように、しっかりと頷いた。保健室に行くまでもないと思っているのだが、それではコーネリアの気が済まないだろう。これ以上、自分を責める彼女の姿を見たくない一心で、コーネリアと共に保健室へと向かった。
保険医の診断は、案の定、捻挫だった。包帯でしっかりと固定され、手首を動かさないでいるようにと注意されて治療は終わった。
二人は生徒会室へと戻り、コーネリアがかわりにお茶の用意をする間、ルルーシュは席に座って待つ。
お茶の入ったマグカップを運びながら、コーネリアはルルーシュの元へとやってくる。まだ怪我をさせた事を気にしているのだろうか。どことなく表情が曇っている気がする。
ルルーシュは何事もなかったように、明るいトーンで話をした。

「とりあえず、お昼にしましょうか…お腹空いちゃいました」

言いながら弁当箱の蓋を開けようとしたところで、重要な事に気がつく。右手首、つまりは利き手が使えない。左手を使いおかずを箸で刺して食べる事も可能だが、行儀がいいとは言えないし、それではご飯は食べられない。どうしたものかと考えていると。

「…私が、お前の口まで運んでやろう」

「……は?」

それはつまり、コーネリアが箸を持ってルルーシュの口へ食べ物を運ぶと言う事で。その光景を想像して、ルルーシュは一気に顔を上気させた。

「…なんだその目は。元々私の責任だからな」

「いえ、その……」

恥ずかしいとも言えずに、ルルーシュは言葉を濁す。そんな態度に苛々したのか、コーネリアは有無を言わさずに弁当箱を、ルルーシュの前におき、その蓋を開ける。

「ほら、選べ」

「あ、えーと…じゃあ、ウインナーを…」

「…全く」

ルルーシュの箸を手に取り、ウインナーをしっかりと箸で挟む。ウインナーはタコの形をしていた。
何時までも口を開けないルルーシュを、コーネリアは睨みつける。ほんのり頬が染まっている事から、やはりコーネリアもどこか恥ずかしいのだろう。
あまりの照れ臭さに、この場から逃げ出したくなる衝動を抑えながら、ルルーシュは口を開けた。タコさんウインナーが、楓の口へと運ばれ、ゆっくりと噛み砕かれていく。

「うん、美味しい」

「本当か?」

正直なところ、恥ずかしくて味覚も鈍っているのだけれど。だが、それを差し引いても充分美味しかった。

「次はどうする?」

「いや、姉上は食べないんですか?」

「む、そうだな…」

言われて気がついたのか、コーネリアは自分の弁当箱を開けた。箸を一旦置いて、自分用の箸を取り、ご飯を一口食べる。
その後、自分の箸を置いて、ルルーシュの箸を取るという動作を繰り返しているコーネリアに、思わずルルーシュは口を挟む。

「箸、持ち替えるの大変じゃない?」

口にしてから、ルルーシュは自分で言った事に慌ててしまう。
思ったままの事を口にしただけで、持ち替えない事を強制する気はなかった。持ち替えない事、つまり同じ箸を使うという事は。コーネリアも同じ考えに辿り着いたらしく、顔を赤らめて困ったように箸を見つめていた。

「…あ、ああ。確かに」

何故か大きく深呼吸し、意を決したようにコーネリアは呟いて、自分の箸でルルーシュのおかずを取り、口へと運ぶ。
ルルーシュは先程以上にドキドキしてしまって、味がわからなかった。ルルーシュの口へと運んだ箸で、コーネリアは自分のおかずを食べる。
表情はただただ恥ずかしそうで、おかずを味わっているようには見えなかった。もの凄く恥ずかしいけれど、幸せを感じるのもまた事実で。

「あ…姉上。顔赤いですよ」

「馬鹿、変な事を言うな…っ!大体、ルルーシュ、お前も赤いぞ…」

二人は、顔を真っ赤にさせながら笑い合っていた。

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