雨の雫が垂れていく。窓から見つめる中庭は、遠く、広く、深く、無限だった。俺はただ眺めていて、この指で窓に触れてみる。少し濡れていて冷たい。薄暗い部屋の中で、俺はただ外を眺めていた。外は雨に濡れ、曇って掠れて行く。

――――――――――

広い庭をゆっくりと走る。カラカラと音をたて、車輪が回る。

「ルルーシュ」

「あ…姉さん」

「…何をしてるんだ?」

「…はは、散歩」

本当は何で此処に来たか自分でもわからないのだが、曖昧に誤魔化した。

「姉さん、こそ、どうして此処に?」

「ああ…お前の姿が見えたからな」

姉さんは少し気まずそうに答えた。時々、居心地が悪そうに顔を顰める時がある。
俺は車椅子から降りて、よたよたと近くの木にもたれかかり、腰を落とす。姉さんは車椅子を脇にどけて、俺の横に座った。
じっと景色を見つめる。網膜に焼き付けるように。風に揺れる木、広がる大空。今日の景色は、少し険しい。

「何時も、此処に来るんだ」

理由も無く毎日訪れていた。頻繁に訪れる理由は全くわからなかったが、それでも毎日足を運んでいた。

「…どうしてだ?」

姉さんが不思議そうに聞いてきた。俺と姉さんの間を木の葉が落ちる。少し冷たい風が吹く。

「綺麗、だからかな?」

理由はやっぱりわからない。だから一番最初に思い浮かんだ言葉をそのまま口にした。姉さんは暫く考えてみたいだけど、微笑んで頷いた。

「そうか」

木の葉がまた落ちた。そしてまた落ちる。それの繰り返しで、古い木の葉は埋もれていき、そして消えていく。胸が高まる、何処かに期待を寄せ、何処かに不安を抱く。
今の俺には、過去が無い。あるはずのモノが無い。今の俺から繋がるモノ、何か。不意に、誰かの背中を思い出した。大切なものを失った誰か。誰かに見捨てられ、ゴミのように捨てられた誰か。捨てられる前、誰かに会っていた。思い出さなくてはいけない。これはとても重要な事。これはとても大切な事。だけど、思い出せなくて、意識は霧散していく。

「ルルーシュ?」

気がつくと、コーネリアが苦笑してこちらを覗き込んでいた。彼女は俺の何を知っているのか。俺を何処まで知っているのか。解からない、どれだけ考えても解からない。その視界は暗く、深い。

「…全く、考え込むと直ぐに夢中になるんだから」

姉さんは笑いながら俺の頭から木の葉を取った。またひらひらと木の葉が舞う。風が流れ木々が揺れる。天には太陽。それは眩しいほどに輝いている。

――――――――――

窓から広がる世界は、狭く、暗い。雨に霞み、濡れる庭園。全てを思い出した、この心を表しているかのようだった。あの時のように遠く、広く、深く見えない。
一歩足を踏み出す。また一歩。もう歩ける。思い出さなければ良かったのか…ずっと忘れられていれば、この渇望していた日々が続けられた。

でも、もう夢は見られない。

そして、世界の奥から出てくる姉の姿。傘も差さず、雨に身体を任せ、ふらふらとこちらに向かってくる。この距離は遠い。だけど見えたような気がした。睫を濡らし、零れる涙。姉の泣き顔。

「姉さん…」

暫く様子を追う。ゆっくりと、ゆっくりとこちらに向かってくる。そんな彼女を見て泣きたくなった。だけど泣けなくて。
俺の足は、ゆっくりと動き出す。

――――――――――

天より降り注ぐ雨はさらに、いっそう激しく、私に鞭を振るう様に降り注ぐ。風は無く、光は差さず、辺り一面の暗。一歩踏み出す、泥が重い。

「ルルーシュ」

弟の名前を呼ぶ。弟の反応は無かった。地面に横たわり。ピクリとも動かない。

「何、しているんだ…?」

聞くまでも無かった。でも聞かずにいられなかった。聞かなくてはならない。何て、皮肉。何て、矛盾。いったいこの一瞬の間に何があったのか?
だが、唯一つ。終わったことがわかった。それは何の根拠も無い、ただの直感だったが、それは確信だった。
雨の音が虚空に響く。雨は止まない。彼の身体は雨に打たれ。私の身体は雨に濡れる。

「あ、あ…」

自分の手に拳銃が握られている。誰のものかわからない呻き声を聞きながら、膝が折れる。

「ル…ルーシュ」

呼びかけても、当然返事は無い。ああ、当然だ。もう終わっている。

「何で、何で…」

倒れたルルーシュを見つめ、自分に問いかける。わからない、本当わからない。

「嫌、嫌…っ」

私を捨てて、私を置いて逝ってしまった。これで、私はもう独り。
どうすれば良いのかわからない。
混乱する思考を纏める事も出来ずに、私はただ首を振って泣き叫んでいた。

「何で、何で…?」

空を見た。一面の暗雲。それは自分への罰のようで。

雨はやまない。ずっと、ずっと。
私は立ち上がれない。倒れたまま、濡れる。冷えた身体に感触は無くて、冷えた心に感動は無くて。ただ絶望と孤独という終焉に身体が溶けていく。

 

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