今思えば、ユフィとこうして出かけたことは無かったような気がする。
その事実は蛇のように私の心に絡みつき、不安として圧し掛かる。
言いようのない寂しさが、私の胸の奥に染みを作る。

――――――――――

「あ、クレープ」

「クレープ…?」

ある晴れた日の午後、俺の言葉に姉さんは少し驚いたようだった。今日は姉さんに無理行って、租界を見て回って歩いていた。と言っても、俺の足はほとんど動かないので、姉さんに車椅子を押してもらう形になっているが。租界には休日なのか、沢山の人で賑わっており、その人ごみを避けるように、広場の隅をゆっくりと進んでいく。涼しい風が心地よく、思わず帽子を何度も取りそうになって、そのたびに姉さんに注意されていた。
俺はともかくとして、姉さんは現在ここの総督なのだ。と言っても日ごろ全く出歩かない俺にとっては、何とも実感の無い話なのだが。姉さんはもはや何処からどう見ても怪しい人物にしか見えない。が、俺が言っても結局聞いてくれないので口を挟んでないが。

「…クレープか」

「……?」

姉さんは視線を何度も揺らす。その先には一台の車。屋台とワゴンが一体化していて、移動しながら販売できる屋台のようだ。その車を、じっ、と見つめる姉さん。何か、その車ごと買い取ってしまうような、言いようの無い不安が胸をよぎる。

「姉さん?」

「ん?どうかしたか?」

「それは俺の台詞。どうしたの?」

「いや、何でもないんだ」

そう少し俯いて、車椅子を押していく姉さん。ちょっとだけ気になったが、深入りはしないようにした。

「買って食べようか。丁度良い時間帯だ」

「…良いの?さっきまで何食べたいって言っても駄目の一点張りだったのに」

「……ああ、私が食べたい気分なんだ」

……自分が食べたいから買うのか、と言いたいような気もするが、黙っておく。お金は姉さんの支払いだし、少し姉さんが寂しそうな顔をしたから。
少し考え込んでいるうちに、屋台の前に着いた。カウンターのお姉さんに挨拶して、メニューを視線を促す。思っていた以上にメニューが多い。ついついどれも良く見えてしまい、迷ってしまう。隣の姉さんに視線を傾けると、姉さんも深く考え込んで全く動かず、喋らない。
どれだけの時間を要したのだろうか、お姉さんが呆れて苦笑を浮かべた瞬間に、二人同時にメニューが決まった。二人とも同じメニューだった。

「ありがとうございましたー♪」

あからさまに笑いをこらえているお姉さんを後ろに、俺は二人分のクレープをその両手に包み込んでいた。流石に姉さんと言えども、クレープを持ったまま車椅子を押すことは出来ない。ゆっくりと、だけど急ぎ足で、姉さんは人気の少ない広場の角に車輪を進める。

「……はむはむ」

二人して黙り込んでクレープを食べる。クリームが零れないように、慎重に、バランスを崩さないようにゆっくりと食べる。この光景が何だか嬉しくて、楽しくて、つい頬が緩みっぱなしになる。
当たり前の風景。それが今はとても遠いような気がして……?
ふと、何かを思い出した。そういえば、昔もこうやって一緒にクレープを食べたような…?

その考えは風と共に流れていった。今は、何も考えなくても良い。ただ、この時間を大切にしたい。失った何かを取り戻すように、なくした何かを探すように。

「…ルルーシュ、口にクリームが付いてるぞ」

姉さんの指が、俺の唇をなぞって行く。少し渇いた肌の、何とも言えない感触がした。何だか、気恥ずかしい。姉さんにとっては無意識の行動だろうけど。
上手く手が動かない。何だか緊張と恥ずかしさで、変に意識してしまう。口の中のクレープが、何だか甘ったるい。それは、何の味なのか。

どうと言うことの無い、平凡な午後。

――――――――――

空は晴れ、白い雲が浮かぶ蒼穹。帰り道、風も無く、ただ車輪の回る音だけが響く。ルルーシュはうとうとと振動にまどろみ、意識はいずこに沈んでいるようだった。
何故だろう、楽しかったはずなのに、何処か心が透いている。理由はわかっている…
ユフィ。愛しい妹。このエリア11に来て、ユフィと出かけたことはあっただろうか。いや、それ以前もあっただろうか?思い出そうとしても思い出せない。否、思い出すも何も、出かけてなんていなかった。

彼女はどんな想いで私を見ていたのだろう?愛しさか、切なさか、寂しさか…または。考えてもキリが無い。そう思い込んで考えるのをやめた。
私のしてきたことは、彼女の為になっていただろうか?結局は自己満足なだけだったのではないのだろうか?考えてもキリが無い。そう思い込んで考えるのをやめた。

空は晴れている。私の心は曇っていた。

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