母さんの葬儀はしめやかに、恙無く行われた。
当然、参列者なんて殆どいなくて、僕とナナリーとも親しい人たちしか、来なかった。

雲が大空一面を覆い、曖昧に塗りつぶす。その下で茫然と上を見上げていた。闇夜を仰ぐように。

――――――――――

「ルルーシュ…皆、帰ったぞ」

「……姉上。ありがとうございます。姉上も疲れたでしょう?ナナリーとユフィを連れて先に帰ってください。後は、僕一人でも出来ますので」

酷く落ち着いた、しかしその中に疲れの溜まっている少年の言葉に、コーネリアは深く瞑目する。
風が弱く流れ、星も雲に翳る新月の夜。少年の心を具現するかのように闇がアリエス宮を塗りつぶしていた。

「ルルーシュ…これからどうするんだ?」

「……此処で、暮らすよ」

「…だが、それでは――」

「いいんだ」

コーネリアの言葉を遮る様にルルーシュは呟いた。小さく告げるように。だけど、静かな決意を思わせる響きがあった。

「姉上や、兄上に迷惑は掛けられないから」

その台詞は予想できていたこと。尋ねたコーネリア自身もそう感じていた。彼らと共に過ごすには此処はあまりにも汚く、危険で。
沈黙が二人の間を流れる。独りよりも重く、苦しい雰囲気。語りかける言葉は無く、まるで水に沈んでいるかのような息苦しい雰囲気。

「…姉上、そろそろ帰ってください」

「無理だ」

搾り出すような呟きと、凛とした即答。

「帰ってください」

「…嫌だ」

「…何でですか。ナナリーもユフィも疲れてるでしょうし。後は僕がやっておきます」

諭すようにルルーシュは呟いた。それはまるでコーネリアを慰めるようで、それが、たまらなく苦しい。

「ユフィとナナリーは掃除した部屋で寝てるよ。それよりも、ルルーシュ――」

「僕なら大丈夫です」

「嘘をつくな。なら、何で、お前は泣いて、無いんだ。マリアンヌ様の葬式、だというのに」

堰を切るようなコーネリアの言葉。それはルルーシュの胸を抉り、痛痒をもたらす。コーネリアは泣いていて、怒っていて、その声は震えている。

「…僕は大丈夫です。泣いたから、あの時、母さんが死んだ時に」

コーネリアの瞳を見つめて、ルルーシュはそう言った。彼女は泣いても、それでも自分を必死に支えている。悲しみに揺れないように、溺れないように。僕の為に、必死に。
だから…僕も泣くわけには行かない。ナナリーの為に。せめて、今だけは。彼女の前だけでは。

その想いがコーネリアの不安を誘っていることを、ルルーシュには解からない。

「……じゃあ、私も手伝うよ。一人より、二人の方が早く終わるだろう?」

そう、彼女は微笑んだ。泣いた顔で、悲しみも隠さずに。

「姉上は休んでください。疲れてるでしょうし……っ」

何でだろう。コーネリアの顔を見た瞬間。涙が止まらなくなった。彼女は目を見開いてルルーシュを凝視する。視界が次第にくしゃくしゃに歪んで、瞳は次々に涙を零していく。

「…ルルーシュ」

コーネリアもまた、座り込んで泣き始めてしまった。
ただただ、涙が零れていく。耐えても、堪えても、止まらず、溢れるように。

「全く、結局泣くとは。マリアンヌ様が見たら笑われてしまうぞ」

「…姉上だって、そんな顔母上に見られたら笑われますよ」

二人して泣きながら笑っていた。何処か弱々しく、脆さの残る表情。泣いて、泣いて、ずっと泣いて。それでも笑顔を見せる。
今だけ、今だけは泣く。枯れるほどに、心から、悲しみを吐き出すように、涙が落ちていく。それでも、この想いは落とさない、零さない。

――――――――――

「ルルーシュ…これからどうするんだ?」

「……此処で、暮らすよ」

その言葉が嘘だと知ったのは、あの日から数日後。シュナイゼルからルルーシュとナナリーが日本に送られたと聞いた。
彼はそれを知っていたのだろうか。知っていたからこそあの時素直に頷けなかったのだろうか。今となってはわからない。遅すぎることだ。

最近、気が付くとアリエス宮の温室の前まで来ていることが多くなった。ユフィとナナリーとルルーシュと、ここによく華を見に来ていた。
所々剥がれ落ちた塗装に赤茶けた鉄錆は存在感を主張しているようにさえ感じる。レンガで出来た道を進み、やがて最奥に辿り着く。風が気持ちよく流れている。温室内の華が一斉に、声を挙げるように揺れる。

その中で、コーネリアは想いを馳せていた。何処にかは、誰にかは、彼女以外誰も知らない、解からない。

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