智哉は一面の闇の中を歩いていた。ニュクス、それにエレボス。全ての結末を見届け、自分が逝くべき地獄を探して歩き続ける。何も無い一面の闇の海。その上を歩き続けるが、一向に何も見えない。地獄の入り口すらも。

「…帰っちまうぞ」

呟く声は誰も聞かず、何も聞こえず。智哉は舌打ちを付きながら歩いていく。手探りしても何もつかめないのだが、それでも手探りしながら歩いていく。
しかし、随分永い間歩き続けている気がする。一年?十年?その思想を鼻で笑って流した。死人に時間の概念があるわけも無く。それでもうんざりするほどは永く感じている。疲労も睡眠も感じないのだが、だからこそずっと歩き続ける事が出来るのだし、歩き続けている。

「……まずは地獄の閻魔をぶっ飛ばすか」

いや、その前に死神だな。と、居るかどうかもわからない地獄の住人に文句を垂れながら歩き続ける。

「しかし……こうも見つからねぇとはな」

シンジ先輩あたりが迎えに着てくれても良いものだと、場違いな事を思いつつも、ふと不安が胸を過ぎる。まさか、事態は実は終わってなかったとか?…いや、確かに俺はあの時全てを見届けた。そしてエレボスの腐り欠片を一つ残さず消しとばしたはず。
どちらにせよ、魂の輝きすら届かない闇の果てでは、もはや戻る事も叶わない。今更結果を確かめる事も、それを知りようも無かった。

「ちっ…面倒臭ぇ!!」

嫌だ、嫌過ぎる。何故自分だけが貧乏くじを引かなければならない。やってらんねぇと、自棄になり不貞寝を始める。こうなったら、意地でも向こうから来させてやる。目を閉じると、まずは始まりの時。
視界全てが赤に染まっていた。其処には自分独りしか存在せず。血の匂いと、死の臭いに震えていた。多分、あの時の事件が運命との最初の出会い。それにも意味はきっとあったのだろう。だけど、終わってしまったことだ。そういえば、あの頃の満月も、とても綺麗だったような気がした。

……俺だったらよかったかもな

胸の奥で呟くように独白する。すると、次には別の景色。微かな、消えそうな光に照らされて、一人の少年と少女が仲睦まじそうに歩いている。

「…順平」

目を開くと、其処に闇は無く、見慣れている、だけどもう見ることは無かった景色。
ゆかり、順平、風花、天田、コロマル、真田先輩、チドリ、タカヤ、ジン、そして、アイギス。
輝くほど眩しい碧とそれに包まれる蒼い世界。それは目が痛くて、けれど背けられない美しさをもった色彩溢れる世界。遠い地平線の彼方までそれは広がっている。

「……美鶴」

桜の花が咲いている。その桜の木の下で彼女は笑っていた。春の風を受け、踊るように髪が揺れる。桜の花びらが千切れるように舞う。それはまるで一つの絵の様な幻想的な風景。

「さあ、そろそろ行こうか」

焦がれていた彼女を後姿を見つめていると、不意にかたわらから声を掛けられた。振り向くと、其処には自分の半身。

「綾時」

苦笑いと共に手を差し伸べられる。促されて手を取り、立ち上がってそのまま連れられるままに歩き出す。視線の彼方には美鶴の後姿。

「……今までの闇は、俺の心。あの光は――」

振り返った綾時に対して、自嘲するように智哉は哂った。視線で問いかける綾時に智哉は一言だけ、呟いた。

「美鶴への思い…ってか」

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