小さな町の小さな塔の上から、俺は空に、月に向かって飛んでいく。既に物語はエンディングを目の前に、後は俺がその幕を引くだけ。俺はただ浮遊していく。空が近くなるたびに、俺は一つ、想い出を思い出す。
この一年はどれだけ長かったのか、どれだけ多くの日々を過ごしてきたのか。積み重ねられた想い出の欠片は空に輝く星の様に俺の意識をゆっくりと穏やかに染め上げていく。
不快な思い、苛立たしい事。何度も腹を立てた。そんな想い出さえ、淡く暖かく、俺の胸に満ちていく。
理不尽、苦悩、苦痛。それさえも今では失えない大切なモノ。それは確実にこの胸に刻まれている。
鮮やかに残る彼女の声、笑顔。それは、空虚で荒廃した俺の空隙にすっぽりとはまり、埋めていった。黒く染め上げられている空。その中に多くの感情が螺旋を描き満ちていく。
俺は、この先彼女に会えないことが少し寂しかった。その自覚は悔しくて、でも嬉しい。

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大いなる封印は何時しか光に染まり、暗黒の闇を白く染め上げた。眩しい光の中、彩色に輝いていた俺の心が一つ一つその輝きを失っていく。その最後の一つ、彼女に馳せる感情が僅かに残った残光を燃え上がらせるように一層鮮やかに輝いて、地平の彼方に消えていった。
全てを終えた空間の中で俺はゆっくりと瞳を閉じる。音も光も無い世界の中、無色の闇にその意識を沈めていく。輝きを失った、ソレはもう輝きを取り戻す事は無い。手の届かないあの彼方へ去っていった。在るべき場所へ、物事は収まるべきところへと流れ、やがて、終わりへと収束していく。
そして幕は下りていく。観客は既に蚊帳の外。だから、この醜態を見られることも無い。
彼女の足音が高く響き渡る。一際高いヒールの音。何時の間にか思い出深く、愛しく感じていたその存在。多くのことを教えてくれた彼女。その姿が見えなくなるまで、俺は見つめた。

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