知ってしまった彼女の秘密。その痛みは深く、とても痛い。
それを全て理解することはできない。ただ、好きになってしまった人が苦しんでいるのなら、少しでも和らげてあげたいと思うのだ。
それは、やはり傲慢なのだろうか?
僕には、判らない。

――――――――――

「今日は、ルルーシュ君に、会いに行かないの?」

ロイドの一言は、瞬時にコーネリアの冷静さを取り除いてしまった。

「いきなり、何を言い出すんだ…お前は」

「何をって…?別に、思ったことを口にしたんだけど?」

「……ならば、何でそんな事を思ったんだ」

「え?だって好きなんでしょう?ルルーシュ君の事」

コーネリアの胸の奥に、言いようの無い、得体の知れない感情が沸きあがって来る。何時もこの男はそうだった。何時も、私の事を的確に言い当ててくる。
ロイドはそんなコーネリアの反応を確かめるように、楽しむように、静かな微笑を見せると、更に言葉を繋げていく。

「好きなんでしょう?」

コーネリアは否定しなかった。出来なかった。
まさにその通りだから。だから、嘘だと言っても、きっと見抜かれてしまう。何も言えない、言えるわけがない。
ロイドの薄碧の瞳が歪んだように見えて、その微笑にコーネリアの胸に、恐怖が広がっていく。

「ねえ…違うの?」

「…………」

「でも、貴女の欲しい彼は、手に入らない」

「やめろ」

コーネリアは、踵を返し、部屋から出て行こうとしたのだが、不意に強い力で引き倒された。

「…っ!?」

「手に入らないって判ってても、好きなんだ」

「……放せ」

深碧の双眸に射抜かれ、胸に詰まる恐怖に身体が震える。両手は押さえつけられ、身動きが取れない。枯れて震える唇は一つ言葉を紡ぐので精一杯だった。

「ね、何で?」

「…う、く」

押さえつけられて動けないコーネリアと、歪んだ笑みのまま、彼女を見下すロイド。二人の荒い呼吸だけが、部屋の中に満ちていく。

「無駄なのに…貴女の想いは、枯れた花に水をあげるのと、同じじゃないの?」

「…っ!五月蝿い!!」

何かに取り付かれたように、コーネリアは力の限りロイドを振り払った。ロイドは椅子を、机を倒しながら吹き飛んだ。コーネリアは振り返ることなく、重そうな足どりで、部屋を出て行く。

――――――――――

ロイドは口の中に広がっていく鉄の味を、たっぷり含みながら、床に落ちた眼鏡を拾い上げる。ふと視界の外に入った椅子の足が折れていた。

「…まいったなぁ。もう」

自嘲気味に哂う。彼女の表情が、瞳が、頭から離れない。眼鏡をかけると、視界がツギハギだらけだった。当然だ。眼鏡のレンズには亀裂が入ってそれが世界を割っている。
外界の音も、雰囲気も、今は遠い。夕日とも昼日とも取れない眩しい日差しが部屋に満ちている。暖かい。でも心は冷えていて、肌に触れる空気は生暖かい。

「僕の、欲しい貴女は手に入らない」

人はこれを弱音と言うのだろうか。呟いた言葉は誰も聞かず。誰にも聞こえない。だからこそ、漏れてしまった。

「…何で、僕は好きなんだろう」

判らない。幾ら考えても答えは出ない。だから、こそ、彼女なら、自分と想いを共有する彼女なら。きっと答えを教えてくれると。自分の苦しみを分かち合えると、和らいでくれると。しかし、答えは返ってこなかった。

「枯れた花に、僕は水をあげている」

カーテンが揺れ、僅かなか弱い陽光だけが、薄暗い部屋に影を作る。ロイドは窓辺に寄りかかり、窓を開いた。生ぬるい風が部屋に流れ、燻った空気が外に流れていく。蒼穹には雲が無く、澄み切った空に太陽が燦然と光り輝いている。空は何処までも高く、広がっていた。でも、見上げていても、望んだ物は見えなくて。開きっぱなしの窓から吹き込む風が、飄々と水色の髪を弄ぶ。だけど、今弄ばれているのは、自分の想いと、思考。
生温い風と、眩しくて遠い太陽は、新しい季節の到来を告げていた。

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