「…ん?」
部屋に帰ると、良い馨りが鼻腔を刺激した。部屋を見回してみると、自分の机の上に大量の薔薇が花瓶に活けられていた。
これは、薔薇の馨りだったのか。ルルーシュは椅子に座って、その内の一本を手に取り、眺めてみる。棘は綺麗に取り除かれていて、切り口はまだ比較的新しく、花弁はまだ開ききってなくて、何処か柔らかそうな印象を受ける。
「ルルーシュ、帰っていたのか」
至近距離からの突然の声。C.C.肩越しから覗き込むような体制でルルーシュの手元を覗いていた。
「C.C.。この薔薇はお前が?」
ルルーシュが少しの驚きを見せて振り返る。C.C.はああ、と言って柔らかく微笑んだ。
「…外に出たときに、ふと目に入ったんだ。学園の隅で」
大量の薔薇に視線を向けて、C.C.は話す。ルルーシュは内心大きく驚き、また感心していた。何時もピザ食って寝てばかりのこの女に、こんな事が出来るとは…と。
ルルーシュは何故だか、その薔薇からより一層の馨りを感じて、少し強い眩暈を覚えていた。
――――――――――
薔薇の馨りの満ちる部屋で、二人はただ黙って其処に居るだけ。僅かに開いた窓が、カーテンを微かに揺らし、馨りを部屋中に流している。
「そういえば」
ふと、C.C.の呟きが、静寂の部屋に溶けていく。ルルーシュは首だけをC.C.に向けた。
「華、この薔薇。切られて痛くなかったのだろうか」
きっと、C.C.は何食わぬ顔で薔薇を活けていたのだろう。大抵の人間はそうだ。だが今C.C.は少し悲しそうな、辛そうな表情をしていた。ルルーシュはそんな変化に驚いて、言うべき言葉を捜す。
「……切られたのだから、痛いだろう」
C.C.がルルーシュを見つめる。ルルーシュはC.C.を見つめる。
「…だが、今はこうして切華として部屋を飾っている。それは新しい一歩として考えても良いんじゃないのか?」
C.C.は黙ってルルーシュを見つめる。その言葉を頭に沁み込ませながら。そして、尋ねる。
「庭園の花としては終わった。だが、切華として新しく始まった。そう言う事か?」
「そう、だな」
ルルーシュはC.C.を見つめながら、幼い日の事を思い出した。あの時、同じ事を聞いてきたユフィに、同じ答えを返していた。ユフィの手にしている華を見つめながら。
「ルルーシュ、ありがとう」
C.C.は微笑んだ。それは薔薇に負けないぐらいに綺麗で、可憐だった。優しくて、切なくて、聡明な華。自分と運命を共にする、世界で一つだけの華。
きっとC.C.は、思う事があって、自分なりの答えを見つけたのだろう。切華の運命を、命を。
C.C.の新しい一面を垣間見て、彼女をまた一つ理解した。そんな或る日の午後。
薔薇の馨りが部屋に満ちている。それは、彼と彼女を楽しませている。