もはや、助からない。だが、この身を犠牲にすれば――
勿論、躊躇いなんて無かった。迷いすらも無い。気が付けば己が身をさらけ出し、その身からは血が流れ出ていく。其処に思考などという無粋なモノは無かった。銃弾の的になった自分の身体を見て、少女は微笑む。

「――無事か?ルルーシュ」

この言葉の意味を、誰が理解できたか。止め処なく流れる血は深紅の水溜りを作り、節操も無く少年の身体を染めていく。痛みか、安堵か、または別の感情か。少女の瞳から溢れる涙よりも、夥しい血の量。
腕を伸ばす、紅に染まった手。折れる膝、紅に染まっていく足。少年はその身体を支え、少女の掌を自身の頬に当てる。微笑みを浮かべた少女の唇の端からこぼれた血は、蒼白な表情を悲哀に染め上げ、艶かしく彩っている。少女はその掌で出来るだけゆっくり、少年の頬を撫でた。

「俺は、大丈夫だ。C.C.」

「…そう。貴方に死なれると、私が困るから」

少女は笑った。掠れた声は透明で、浮かべる笑顔は純粋。少年の頬を触れながら、何時かの夜を夢想する。叶えられない夢。願わなかった望み。

「だけど、残念。やっと望みが叶うと思ったのに」

感覚を失っていく。だけど、怖くは無い。悔いはある、無念もある。だけど、怖くは無い。今は一人ではない、心には、寂しさが無い。

「…………お前の、願いは、俺が」

少年は泣いてない。悲しんでもいない。その強がりに、少女は笑った。願いなんて、解っているくせに。まだ残っている感覚を必死に振り絞って、微笑む。その掌を伸ばす。

「それは、無理でしょう?」

遠い憧憬。描く情景。浮かべる心景。それは平穏。少女の願い。それは少年だけが知っていて、少年だけが果たす事が出来る願い。
だけど、少年だけでは果たせない。

「私の、願いは」

薄れていく景色。消えていく意識。視界は陽炎に阻まれ、それでも感覚の無い両手を動かす。近づく少年の唇。閉じていく瞼。

「さっきまで、叶っていたのだから」

瞬間。少女の命が消えた。
温もりも、生の名残も、薄っすらと消えていく。瞬きの間に、全ては儚い泡沫のように、消えていく。其処にはもう、何も残っていない。

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