何時から、私はこんな惰弱になってしまったのだろう。マオの様な失敗は犯さないと決意していたはずなのに。何時の間にかこんなにも情が通ってしまった。過去、以上に。
窓から入り込む灰色の光に私の姿が照らされる。光の差し込まない、黒い闇に、彼の姿が映える。色が無い。言葉も無い。ただ、其処に居るだけの空間。以前は何とも思わなかったのに、今ではそれが心苦しい。息が詰まる。意識はただ、ろうそくの火のように弱く揺れている。
ただ、それに対する後悔は不思議と無かった。獣が火の暖かさを知ったように、私の心も穏やかに想う。彼の事を。
その時、冷たい指が私の頬に触れた。

「何を考えてる?C.C.」

微かに頬を撫でる指と、質問とは反対に心配の欠片も無い声。だけど私は知っている。その心は優しさが満ちていると。

「…泣いているのか?ルルーシュ」

彼の瞳からは、涙が流れていた。顔は蒼白で、まるで体温を感じさせないような。私はそんな表情をただ呆と見つめている。ルルーシュはただ呆と私の頬を撫でている。
互いに言葉は無く、この空間には互いの呼吸しか動いていない。

「ギアスの暴走…ユフィの死。それは、俺は色々と無くした」

感情も何も無い、空虚でくたびれた声。ルルーシュの無くしたモノ…日常、大事な物、今までの自分。色々思い浮かんだが、どれも曖昧に消えていく。崩れそうな心で、何を想っているんだ…?

「……何も、残らない。俺の進んできた道は」

罪に押しつぶされる。そう私には聞こえた。でも、彼には迷いは無い。ただ決意と覚悟を滲ませた、悲痛な表情。苦しんで、もがいてでも、掴みたい未来があると。

「それでも、掴みたいものがあるなら、後ろを振り返らずに進め」

「……俺は」

頬を撫でてた指に力が篭る。その指を、手をそっと包んだ。ぼんやりとした声。全てを捨てて進む、自分を責める、泣きそうな子供のような。ルルーシュは分かっている。自分の罪を、自分への罰を。それはずっと消えず、色褪せず、許されない、拭えない悲しみと苦しみ。だから、お前の罪は、私が被ろう。お前の罰は、私が背負う。お前が死ぬまで、お前が契約を果たすまで。何時からか、私は心に誓っていた。傍に居ると、彼を護ると。これは契約。私に対する、私への。

「言ったはずだ、私だけは、傍に居ると」

喩え、誰もが彼から離れても、世界に彼が捨てられても。私は…離れない。私とお前は、共犯者であり、契約者であり…共同体。

「―――――」

ふっと掠れた、震えた声で私の真名を。その言葉は私の心を満たして、そっと抱きしめる。
視線が交錯する。その左眼が、私を捉える。その眼が、すっと外れた。あ、という呟く声と共に。視線を背けたまま、溜息をつくルルーシュ。その心に浮かんでいるのは恐怖か、畏怖か、それとも他の何かか。全てか。
その身体は震えてて、嗚咽が微かに漏れている。泣き出しそうな表情を、感情を懸命に押さえ込んでいて。私は抱きしめた。その身体を。今にも割れそうなその心を。愛しい子供を抱くように、優しく、そっと優しく。

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