絶えられなくなって死のうとした。それだけだ。ああ、それだけ。何て単純。

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飲んだ薬は思っていたよりも強く、俺の意識をあっさりと現世から切り落とした。命をあっさりと切り離した。
何故そんな事をしたのか。理由なんて単純。罪の意識に耐えられなかったから。ユフィを、クロヴィスを殺した。その罪に。俺の心は日を過ぎるごとに擦り切れていき、やがて無くなった。だから、自分自身に終わりを示したのだ。
世界が廻る、熱くぼやけていく。身体は冷たく、意識は敏感で、空気に触れるだけで感じてしまう。全てが薄っぺらく曲がっていて。奇妙な浮遊感に揺られて、意識の海に溺れていく。涙が止まらなくて、瞼がじわじわと熱い。体の中にあるものを吐いて、吐き捨てる。
と、突然意識が消えた。死んだ、とその時初めて認識した。酷く新鮮だった。

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目を開けると、古びた宮殿の中だった。息苦しくて、でも空気はひんやりとして気持ち良い。薄暗くて、でも周りの壁も、天井も、床もはっきりと視えていた。
歩く。ただ歩く。どれぐらい歩いただろうか。やがて視界の果てに二人の青年と一つの机が見えた。薄暗くて誰だか分からない。俺はそれをよく見ようとして目を凝らす。
それは、クロヴィスと、ルルーシュだった。
思わず声にならない呻きをあげる。朽ちた宮殿の中、二人はチェスをしていた。二人は笑っていて、何やら口を動かしている。薄暗くて、遠くて、でもはっきりと視えていた。視えるようになっていた。歩いても、走っても距離は縮まらない。手を伸ばしても、空を掴むだけで、一生懸命跳んでも、届かない。
諦めて溜息をついた瞬間、宮殿が崩れ始めた。天井が蜘蛛の巣のようにぼろぼろになっていき、壁が砂のように崩れていく。その中でも二人は机に座ったままだった。

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気が付くと、荒野に立っていた。空は雲に覆われ、灰色に染まっている。全くの曇天。朝か、昼か、夕か、夜かも分からない。冷たい風が吹き荒れる。寒い、寒い。地面も空も、空気にも色が無く。ただ其処に存在しているだけ。
鉛の世界は重く、圧し掛かるように俺の心を潰していく。だけど、身体は動く。一歩、二歩と歩き始めた。足を動かす。想いの向くままに、ずっと歩く。何かに誘われるように。そして辿り着く。そして茫然した。
二つの花が灰色の世界に咲いている。風に揺られ、空気に潰されながらも、その花は天を向いていた。その横に座っているユフィ。彼女は俺に気が付くと、華のような微笑を浮かべ、手招きをした。足が勝手に動いた。
俺がユフィの隣に座ると、彼女は微笑んだまま、その花を抜いた。そして愛でるように優しく抱きしめて、優しく撫でて、優しく口付けをする。そして、俺に花の片割れを差し出した。数秒躊躇した後、その花を手に握った。瞬間。
花が散った。無残に、鮮やかに、一片の花弁を残すことなく。その花弁は風に運ばれ、何処か遠くへ、天へと飛んでいった。そして曇天が切れ、中から蒼穹の光が入り込む。空虚に光が舞う。風が荒れ狂う。雲が切れ、散り散りに散っていく。残ったのは、乾いた地面だけだった。

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気が付くと、樹の上に寝ていた。緑が溢れる枝の間から、木漏れ日が身体を照らす。久しぶりの日の光に身体は喜び、鼓動が強く、早くなっていく。何故だか凄く、酷く安心して、全身の力を抜いてその枝に実を委ねた。僅かな風が心地よく、ついうとうとと眠ってしまいそうだ。

「……?」

ふと、緑の中に、見慣れた緑があるような気がした。眠気を覚まし、じっくり観察すると、それはC.C.だった。その見慣れた緑の髪は、僅かな風に幽かに揺れていた。角度が変わる木漏れ日と影で、着ている服の布地が濃淡を変わっている。
声をかけようとしても、声は出ない。手を伸ばそうとしても、絡まって動かない。C.C.は目をきつく瞑ってる。耐えるように。その目の周りの皮膚は赤くて、触れたら火傷してしまいそうなほど熱そうだ。泣いて、る?彼女の嗚咽は聞こえなかったけど、耳に届いていた。
身を乗り出すように、手を翳す。動かなくても、届かなくても、せめて気づいて欲しくて。その涙を拭いたくて。
そこで、樹から落ちた。俺の身体が、花弁となって、宙に舞って逝く――――――

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「C.C.ッ!!」

目を開けて、手を伸ばす。視界には見慣れた部屋。黒の騎士団の、ゼロの部屋。部屋は眩しく、新鮮な風が流れ込んでいた。
自分を何度も呼ぶ声がする。振り向くと、C.C.が声を上げて泣いていた。彼女らしかぬ大声で、彼女らしく。何だか凄く安心して、俺も泣いた。泣けていたかは分からないけど。
部屋は散々たる有様だった。窓は全て破られ、カーテンは引き千切られ、本棚は倒れ、机は二つに割れていて、椅子は壁にめり込んでいる。俺の寝ているベッドの足はドアに突き刺さり、傾いていて、ドアのノブは抜かれていて、硝子の破片と一緒に転がっている。

「馬鹿、何で、私を置いて死のうとするんだ……」

C.C.はくしゃくしゃな顔で喚いていた。それを見て、もう、こんな事は二度とやるまいと思った。だって、彼女が拗ねるから、泣いてしまうから、好きだから。

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