ノックの音で目が覚めた。何処か彷徨っている意識を、現実に戻そうと、頭が揺れている。

「開けろ、C.C.」

その声で呆けていた意識は目覚め、C.C.は直ぐにドアノブに手をかけた。

――――――――――

雨音をBGMにドアを開けると、ずぶ濡れのルルーシュとカレンがいた。傘も差さずに此処まで来たというのだろうか?いや、そうなのだろう。足元には既に水溜りが出来ている。
C.C.は何とも言えない気持ちを胸に隠して、彼らを迎え入れた。そしてまず私室の浴場にカレンを押し込む。

「……」

「…何だ」

ルルーシュが少し不満げに聞くと、C.C.は別にと言う素振りで手を振るい、何処かに行こうとベッドから離れる。

「…暖かい物を淹れてくる」

ルルーシュが口を開く前に、C.C.は呟くと部屋を出て行った。
部屋の中には雨の匂いが充満している。

――――――――――

再び部屋に戻ったC.C.は、ある香りに意識を傾ける。それは僅かで微かだが、確実にC.C。の鼻腔を刺激していた。
ルルーシュは浴場に居るのだろうか。部屋にはカレンが一人だけ。髪は濡れて乱れていて、白い頬に赤みがかかっている。何か居心地の悪そうなカレンの表情を覗いて、C.C.は匂いの正体を理解した。その事実は、C.C.の胸を焦がし、熱い熱を帯びていく。

「お前…」

C.C.の言葉と、浴室の扉が開く音が重なる。

「………」

無言のルルーシュと目が合う。その深い紫の眸の底は見えず、何を考えているのか読み取れない。形の良い眉、普段より赤みを帯びた唇。

「海に行っていた」

C.C.の淹れてきた紅茶を飲みながら、ルルーシュは呟いた。

「こんな時間までか」

C.C.の言葉にルルーシュは苦笑を漏らした。カレンは何も言わず、俯いたまま。

「……で、海で何をしていたんだ?」

「危ない事さ」

C.C.が尋ねると、ルルーシュは自嘲気味に哂う。だがそれも一瞬の事で、直ぐに普段の表情に戻る。
何だか、気まずく、知人であるはずの二人に遠慮を感じる自分が嫌になる。今此処に居る二人は別人で、それはC.C.の知らない二人だった。

「楽しかったか?」

その変化に戸惑いながら、内心に隠して問いかける。
その問いに、ルルーシュは物語を紡ぎだした。

――――――――――

別に何をするわけでもなく、俺達は海を眺めていた。
何時まで眺めていたか、地平線に雲が湧き上がってきて、それは空に広がっていく。
鉛のように重そうな雲は、やがて涙を溢れさせた。それは、この世界すらも溺れてしまうような雨だった。

雨の勢いは強いけれども、私は夕立だと思って直ぐに晴れるだろうと思っていた。
ま、私の予想を裏切って雨は降り続けてるんだけれど。そしたら、ルルーシュが急に歩き始めて。
海の方に。最初は眺めていただけだったんだけど、ルルーシュ止まらないの。海に潜っていくのよ、彼。
慌てて私は、彼の袖を引っ張って押し倒したわ。其処が海だとも忘れてて。
馬鹿よね。沈んで浮かんで、必死の思いで浜まで向かったわ。

何度か咳き込んで、体内に溜まった海水を吐き出した。
何だか海を眺めていたら、急に悲しくなってきてな。身体を沈めたかったんだ。
腕も脚も、身体も海水と雨に侵されて重かったが、それでも気持ちはよかった。
空を見上げると、若干の雲の切れ目から、僅かな光が差し込んでいた。

――――――――――

「それでどうしたんだ?」

「……嘘」

ルルーシュは笑った。カレンも笑いを堪えていた。C.C.は憮然としながらカップに口をつけた。
そのまま、二人をベッドに押し込んで、C.C.カップをキッチンに持って行った。身体はだるくて重く、火照っていた。

――――――――――

「…今度は一緒に行くか?C.C.」

「私は行かないぞ。馬鹿は御免だ」

差し伸べられた言葉を、C.C.は払った。余程疲れていたのか、カレンは既に寝息を立てていて、小さく肩を揺らしている。

「死ぬなら、独りで行くんだな」

何だ急にむかむかしてきて、C.C.は握った拳でルルーシュの頭を叩いた。

「あぁ…だが逝く時は私に伝えろ。黄泉の半ばまで沈んでも、無理やりお前を引きずり出してやるよ」

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