悲しみが止まらない。熱くなった身体から力が抜けて行き、ルルーシュは力なく椅子の背もたれに身体を預けた。ぼやけた視界、感覚の無い時間、遠くに聞こえる雑音。その向こうでC.C.が此方を見つめている。

「ゼロ…大丈夫ですか?」

直ぐ横でカレンが此方を覗き込んでいた。改めて見ると、端整な表情でその瞳の奥には確かな意思が宿っているようにも思える。
大丈夫だ。ルルーシュはそう答えてC.C.に視線を向けた。ぼやけた視界の所為で、彼女の表情までは良く見えなかった。だが、あまり良い表情をしているとは思えない。働かない頭の奥に痛みが溶けていく。

「それなら良いんですけど…何かあったら私に言ってください。必ず、貴方の力になります」

カレンの言葉には熱が、力がこもっていた。その言葉はルルーシュの身体の中を、飲み込まれるように降って行く。ソレは体中を駆け巡り、ルルーシュの胸の奥に辿り着いた。瞬間、あからさまに不快な熱が其処から漏れ出していく。その熱は一気に気道を逆流して行く。ルルーシュは思わず口元を手で押さえて、喉の奥で飲み込むと一目散に駆け出した。
其処から先は覚えていない。気が付けば洗面台の排水溝に顔を突っ込んでいた。気管支に詰まった熱は収まらず、時折呻き声と一緒に漏れ出していく。口の中に残る酸味。それが更に不快感を呼び覚まし、意識を霧散させていく。それでも何とか荒い呼吸、口元を押さえて鏡を見ると。向こうの自分は酷く滑稽な表情をしていた。

「ルルーシュ」

大丈夫だ。背中を擦ってくれているC.C.に心の中で感謝しながら、ルルーシュは冷たい水で顔を洗った。熱のこもる顔にはちょうど良くて心地良い。顔から零れ落ちた水滴が排水溝に吸い込まれていく。顔を上げると、鏡の中の自分は酷く惨めな表情で此方を見つめていた。何も、変わっていない。

「………」

気が付くと、C.C.は視界の隅に立っていた。此方が視線を向けると、一瞬だけ眉を細めて外に出て行ってしまった。その表情に込められた感情は何だったのだろうか。

――――――――――

「本当に…大丈夫ですか」

カレンがルルーシュを支えながら隣を歩いている。少し空気が冷たい。僅かな室内灯だけが辺りに光を振りまいていた。心配そうにはにかむカレンの表情に、ルルーシュは先程覗いた自分の表情を重ねた。離れない。頭から、意識から。カレンの言葉が冷たい空気と共にルルーシュの中に入り込み熱を冷ましていく。そしてその冷たさはルルーシュの心臓を鷲掴みにする。先程視た自分の表情と、僅かに困ったように見えたC.C.の表情と、はにかむようなカレンの表情と共に。
それは死の予感だと、漠然だが確かにルルーシュは感じていた。

inserted by FC2 system