過去の夢を見て思い出す。

まだ、今よりも自分が幼く、何も知らない子供だった頃。何もかもから開放されていた無邪気な頃。そして、目も足も自由だった頃。
太陽は高く輝いて、その眩しさを。そして、大好きな兄の暖かい微笑み。その手の感触。起きた後も、覚えていた。その感触は確かにあった。他の全てを忘れていても。

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俺は、夢を見ているのか…

何も気が付いてない幼さの残る顔に、寂しげな仕草、表情。そんな表情をさせている自分が嫌だった。悲しかった。情けなかった。微笑には翳りがあり、ふれてる両手は震えてて。
傍に居て欲しい。一緒に居るだけで良い。行かないで欲しい。そんな思いが伝わってくる。あぁ、ナナリーは知っていたのかも知れない。それでも、複雑な感情を押し込めて、泣きながら笑っていたのかも知れない。
そんな事を想わせている自分の不甲斐なさが嫌になる。俺は、何時も後になって後悔する。そして、その後悔はもう取り戻せないのだ。

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兄の帰って来ない日の日差しは暖かかった。

クラブハウスの一室で、ナナリーは独り泣いている。彼女の居場所は此処しかなくて、否、此処しか彼女の居場所にはならない。最愛の兄の帰ってくる場所。それが此処なのだから。だから、彼女は待つ。ここでただ、ルルーシュの帰りを。

「ナナリー」

「…お兄様?」

優しい声に、ナナリーは顔を上げた。けれどもそれは幻聴で。返ってくる言葉も無く、自分以外の存在も感じられない。
たとえ不自由でも、二人で生きていけたらどれだけ幸せだったのか。浮かんでくる幻想は、思想は、儚くても確かなもの。毎日、ただひたすらに願ってきた夢。
寂しい、心が砕けそうなほど痛い。それでも待ち続ける。それしか出来ないのだから。

お兄様、まだ帰ってこないのですか?

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「今日も、遅いのですか?」

私の問いに、空気が凍るのを感じた。自分の掌に力が篭っていくのを感じる。分かっていて、それでも縋るように喰らい付く自分が嫌になる。

「……ぁ、うん。咲世子さんに、今日の夕飯は大丈夫だと、伝えておいてくれないか?」

言葉の端々に、緊張が感じ取れる。こんな時、自分の鋭くなった感性が嫌になる。気が付かなければ、こんなにも苦しくなる事は無かったのに。

「…いってらっしゃい」

精一杯の願いを込めて、祈りを込めて、自分に言い聞かせるように、その言葉を紡ぐ。
そっと私の掌に、お兄様の掌が重なる。それはあの夢と同じで、暖かかった。その暖かさに思わず涙が流れそうなり、一生懸命にそれを堪える。

「……いってきます」

その言葉がどれだけ私の心を抉るか、お兄様は知らないのですね。その痛みで、何時も後悔する。
行かないで。その一言が言えない。傍に居てくれるだけで良い。その一言が言えない。もし、もし私の口からその言葉が出たなら、兄はどんな反応を示すのだろうか?

扉の閉まる音が、私の心を叩く。

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お兄様とお話して、お兄様とお茶を飲んで、お兄様と一緒に食事を食べる。その幻想を抱いたまま、私は待ち続ける。何時までも。何時かきっと、困ったような顔で帰ってくると信じて。
他愛ない日常。平凡な日々。兄が居なくても、それでも時は流れていく。寂しくて、苦しくて、辛いけれど、貴方を待ち続けます。それが正しいのかわかりません。それでも待ち続けます。
それは、私への贖罪。一番近くに居て、一番最初に気が付いて、それでも止めれなかった。私への罰なのですから。

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