「ルルーシュ」

忘れかけていた、人の声。優しくて、暖かい。そんな声だった。

「……!」

辺りを見回して姿を探したけれど、視界は暗く、闇に包まれて何も見えない。自分の姿さえも。叫ぶように吐き出した声も、音にならなくて、暗闇に飲まれて消えた。

「……?」

名前を呼ぶ。傍に居る気配はあるのだけれども、見えなくて、返事も無い。手を伸ばしても空を切る。けれども冷たい感触。
感覚は無いけれども、歩いてみた。何処に進んでいるか、真っ直ぐ歩けているか分からないけれど、それでも歩く。

「………」

どれだけ歩いただろうか、気が付けば視界は晴れ、一面木々が広がっている。真上には細い月。朧気な星。薄いフィルムの様な雲。
鼻腔を刺激する、花の香り。瑞々しくて、何処か甘さを漂わせている。

「ルルーシュ」

其処に、義姉の姿。彼女は柔らかな微笑を携え、ルルーシュに手を差し伸べていた。

「コーネリア…」

漸く声が音となり、空間に響く。冷たい空気と仄かに温かい風。その差に心地良さを感じ、意識が沈んでいく。不確かな夢現。ふわふわと浮いているような感覚が、世界を支配していく。

「行こう」

何処に?とは聞けなかった。ただその手を握った。暖かい手、その手を握り、指を絡ませて、歩き始める。
空は酷く蒼く、そこに細い月が鎮座している。雲の断片が二人を取り巻く。空から降り注ぐ、金色の調べが、地面を煌々と照らす。
歩く、何処までも。何処までも歩く。空の月は傾く、地平の彼方に沈もうと。そして、辿り着く。幼い頃、母親と、妹と住んでいた。あの場所。
細い月が照らす、その宮殿。それはとても幻想的で、溜息が自然に漏れた。だけど、照らされない影は何処までも暗く、その闇が光を食い破ろうと溢れてもがく。だけど、光も闇も、結局は二人を害するモノにはならない。
何処からか流れる音楽を聴きながら、二人はエントランスで歩きを止めた。閉ざされた場所。それは誰にも邪魔されない代わりに、誰も出る事が出来ない。

「ルルーシュ!!お姉様!!」

ふと視界に入る青年と少女。青年と少女は仲良く談笑していて、二人の姿を見るや否や大きく手を振り、大きな声で叫んだ。その声が音楽をかき消し、エントランスに響いて木霊する。ルルーシュは苦笑を漏らし、コーネリアは呆れたように首を振った。二人は手を繋いだまま、青年と少女の所へ再び歩き出す。
大きな音がした。それは、扉の閉まる音。

――――――――――

目を醒ますと、目の前には義姉の姿。力なく横たわり、一面に血の海を作り出している。
ルルーシュは覚めない意識の中、周囲を見回した。近くで、C.C.が何やら泣き叫んでいる。カレンが慟哭を上げるように天を向いている。その様子は何とか分かるけど、何故か何も聞こえなくて。
寒い。思わず身体を抱えようとしたが、身体が動かない。辺りは暗く、日は見えない。
徐々に鈍くなっていく自分を感じながら、ルルーシュは再び夢の中に意識を傾けた。

inserted by FC2 system