「……お久しぶりです、姉上」

神経を凍らせる静寂の中、胸に溜め込んでいた緊張を吐き出した。目の前の皇女はあの日、あの時から憧れていた華のままだった。
胸が高鳴る。その瞳は蜂のようで、その雰囲気は薔薇のよう。肩膝を着き、彼女の頬に口をつける。

「嬉しいです。貴女に会えて」

闇夜に響く、暗い声。

「本当に、どれだけこの日を待ったか……」

思わず、溜息を付いてしまった。深い、深い吐息。嬉しくて思わず緩みそうな頬を引き締めて、喜びを胸の中にしまい込む。

「ルルーシュ…!?いや、まさか」

彼女の声が胸を満たす。刹那の忘却に意識が沈んでいく。

ああ、貴女を殺さないといけないなんて―――――とても、悲しい。

――――――――――

反逆者。黒の皇子。そう呼ばれた仇敵。
クロヴィスを殺し、ユフィを殺し、その騎士を殺し、そして、我が騎士まで手を掛けた修羅。
想うだけで憎悪が身体を駆け巡り、憤怒が血を沸騰させ、戦慄が心を昂ぶらせる。殺す、この手で殺すと。堅く誓った。あの夜空に、死んでいった、皆に。

「……お久しぶりです、姉上」

だが、その決意も、あっさりと揺らぐ。遠い、遠い過去に置いてきた。渇望した声。唇をつけられた頬から、私の、ありとあらゆる感情が抜け落ちていく。

「嬉しいです。貴女に会えて」

闇夜に響く、暗い声。その声色には喜びと、悲しみと、色々な感情が篭っているように感じた。

「本当に、どれだけこの日を待ったか……」

深い溜息と、暫しの瞑目。その表情を隠すのは、如何な感情か。

「ルルーシュ…!?いや、まさか」

声が、震えていた。動くことが出来なかった。悲しみと…色々な感情が駆け巡る。意識を、心を、身体を駆け巡り、蹂躙していく。

――――――――――

新月の夜。完全な暗闇。互いに視認するのも苦労するほど暗く、それを映やすように、静寂という名の沈黙が二人を包んでいる。だが、互いに視認は出来ていた。はっきりと、その表情まで。

「……何故、何故なんだ。ルルーシュ」

それを先に裂いたのはコーネリアの声。

「何故?何が聞きたいんです?姉上は」

ルルーシュは切ない表情を浮かべて、コーネリアを見つめる。その瞳に映るのは、何か。

「………」

「……姉上、私はゼロです。分かるでしょう?」

そう、ルルーシュは微笑んだ。穏やかに。コーネリアを安心させるように。

「……ルル、シュ」

分からない。何も分からない。何故、何故哂ってる?何が可笑しい?そして。

「姉上……皆、殺したのはゼロなんです。ルルーシュ、じゃない」

ルルーシュの瞳が、暗く、暗く鳴動した。

何で、泣いているんだ?お前は誰だ?ルルーシュ?ゼロ?ユフィを殺したのは?クロヴィスを、ギルフォードを殺したのは?誰、だ?

――――――――――

死にたくない。
素直に、そう思った。皇女として戦線に立ったときから、何時死ぬ日が来ようとも、覚悟だけは常に胸に秘めていた。ユフィの為に。
だけど、ユフィは死んでしまって。生きる意味は無くなった。この先、ゼロとの戦いで、何時死んでもおかしくないと思っていた。だけど、今はそうはいかない。ルルーシュと、ルルと一緒に居たいと思ったのだ。
ルルと一緒に、ユフィの仇を、ゼロを殺すと、そう思っているのに。身体が動かない。唇を噛み締めても、拳を握り締めても、何も感じない。先程まで目の前に居た、ルルーシュは見えない。体から力が抜けていく、視界から世界が消えていく。
消えていく、私の意識が。何も映さない、私の瞳は。

ゼロ…ッ!!私は、お前を――――

薄れ逝く意識の中、その意識中で、私はおぞましい、幽かな男の声を聞く。

―――は、はははッ!!全て消えた、全て死んだ…これで、俺を戒めるものは何も無いッ!!くッくッ…!!全ては此処から…ナナリー、あと少しだ……ふふッ!ふはははッ!!はーッはッはッはッ!!!

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