アリエス宮の温室が燃えていく。風も無いのに炎は揺れ、煙は細く昇っていく。コーネリアはその煙の先に目を細め、ずっと眺め続けた。
どれぐらいそうしていただろうか、やがて全て燃え尽き、炎は消えていく。ふと、自分の後ろに影が出来ていた。首だけを後ろに回す。

ルルーシュは何も言わず、その場に立ち尽くしている。無言の象徴。私も何も言わず、無言のまま彼の身体を抱きしめた。私はただ立ち尽くす。煙の残る庭園の前で。

――――――――――

私は何も出来なかった。無力だった。何も知らず、ただ事後報告を受けただけだった。私は彼を、彼らを護りたかった。だが、結果として何も残らず。私は、無能だった。

自分の無能さに唇が歪む。咽喉の奥から潰れた様な嗚咽が漏れる。笑っているつもりは無いのに、その声は確かに笑っていた。笑い声に酷似していた。
胸の中が痛む。後悔と罰が私の心臓に杭を撃っている。その痛みは心を焼き、胸の奥から痛みが全身に広がっていく。

――――――――――

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

張り裂けるような痛みで目が醒めた。まだ月が天高く鎮座しており、ひんやりとした空気が部屋を満たしている。だが、全身は汗にまみれ、ネグリジェが全身の肌に吸い付いていた。
私は大きく溜息を付くと、窓を全開にした。僅かな風にカーテンが翻り、心地よく私の身体を包んでいく。その雰囲気に、一瞬だけ夢かと錯覚する。だが、あの悪夢の様な余韻が気だるく全身に、特に私の胸に強く残っている。
私は、ふらふらとおぼついた足取りで、部屋の外に歩きを進めた。

――――――――――

近衛兵の目を掻い潜り、私は離宮を出た。月光だけが照らす世界を駆け抜ける。アリエス宮へ向かって。そして錆び付いた門を砕き、裏手の温室へ足を向ける。
温室の中心で、火を落とす。燃え上がる火は花を焦がし、茶色く焼き、黒く燃やしていく。暗闇の中、火は炎となり、灯りとなって照らしていく。私は炎に包まれていく温室から逃げるように出て行った。

アリエス宮の温室が燃えていく。風も無いのに炎は揺れ、煙は細く昇っていく。コーネリアはその煙の先に目を細め、ずっと眺め続けた。
どれぐらいそうしていただろうか、やがて全て燃え尽き、炎は消えていく。ふと、自分の後ろに影が出来ていた。首だけを後ろに回す。

「ルルーシュ」

「…姉上?」

「私は――」

私の言葉を遮るように、ルルーシュが耳元で笑う。その笑い声に私も釣られて笑う。
……私達がまだ何も知らずに、三人で遊んでいた時を思い出す。あの頃はマリアンヌ様も、ルルーシュも、ナナリーも居た。もう、誰もいない。だけど、止まるわけにも行かない。この後悔を胸に秘め、母上と、ユフィを護らなくてはいけない。
母上を、ユフィを護る。新たに決意する。

だから、燃やしてしまおう。この温室を。思い出と、後悔と共に。この決意と覚悟を燃え焦がすように。
私の心が、煙となって天に昇っていく。

振り返ると、誰もいない。ああ、初めから誰もいなかったのか。そう、初めから。
私は温室を後にする。一度も後ろを振り返らずに。

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