「んー」

クロヴィス兄さんはさっきからさらさらと紙に絵を描いている。それは、コーネリア姉さんの絵。兄さんは本人曰く勉強も運動も人並みらしい、のだが、美術の才能は誰もが認めるほど凄かった。でも、兄さんは特別絵の勉強をしているわけでもなく、ただ単純に絵を描くのが好きなのだそうだ。
確かに、僕も兄さんの絵は綺麗で上手だと思う。時刻は午後。とてもとても大きな樹と、その下に座る一人の少女。たったそれだけなのに、モデルの雰囲気がただ鉛筆で描かれた絵から柔らかに伝わるのだ。その人の高貴さと可憐さが。何が違うのだろうか。僕もよく絵が上手だと褒められるのだが、兄さんの絵とは根本的なところで違う。と思ってるだけなのだが。
兄さんは普段はとても大人しくて、直ぐに泣きそうになったりするけど、絵を描いているときだけは、雰囲気が変わった。

「……こんな、ものかな」

そう言って兄さんはスケッチブックを閉じた。

「姉さん、もういいって!!」

僕が大声で呼ぶと、姉さんは少し疲れたような足取りでこちらに向かってきた。
何時の間にか、午後の一時は姉さんや兄さん、姉さんの妹のユフィと一緒に過ごすことが多くなった。今までそんな事が無かったから、とても楽しかった。姉さんや兄さんは僕の知らないことをたくさん教えてくれるし、ユフィと一緒に遊んでるときは、妹のナナリーも楽しそうだ。

「…相変わらず、上手だな。クロの絵は」

姉さんが兄さんのスケッチブックを覗き込んで、弾んだ声を出した。

「えへへ」

照れた様に、兄さんが笑った。兄さんは緊張してしまって、姉さんと上手く話せないらしい。何でだか、僕も同じなので良く解かる。

「ルルも、描いてもらったらどうだ?」

「え、いいよ僕は…」

「あ、前々から描きたいと思ってたんだ」

何度も兄さんが頷く。そんな事僕は全然知らなかった。恥ずかしくて嫌がったけど、結局姉さんに強引に樹の下まで引っ張られた。姉さんが正座で座り、その膝の上に僕の頭を乗せる。その感触が少し柔らかくて、くすぐったくて、少し緊張してしまった。
視界には姉さんの微笑みと、その後ろに緑が広がっている。

「気持ちいいだろう?」

姉さんが優しく微笑んで僕の髪を整える。ほっそりとした指が髪を梳く。その感触がとても気持ちよくて、僕は何も言えず、ただ頷いた。
風が吹く。緑が音を立てて揺れ、その間から木漏れ日がいくつも落ちてくる。それはまるで光が舞っているように感じた。

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