「姉上っ!!」
庭園を散歩しながら考え事をしていると、目の前に人影が倒れこんできた。誰かと思えば、義弟のクロヴィス。4つ下の、可愛い弟だ。叫びながら転んでいたクロヴィスはすぐさま立ち上がると、私に抱きついてくる。
「…どうした?クロ?」
あまりの慌てっぷりに苦笑しながら抱きしめると、クロは情けない顔で私を見上げてきた。
「…ルルが、僕をいじめるんです」
「……またか」
内心溜息をついた。クロは良く10こ下のルルの所へ遊びに行っては、泣かされて帰ってくるのだ。ルル、ルルーシュは幼いくせに生意気で、素直では無く、可愛げの無い子供だが、とにかく頭や要領が良い。それでい直感や悪知恵も働く。私の義兄であるシュナイゼルの子供の頃そのままだった。ただでさえ、私やシュナイゼルが手を焼くと言うのに、クロが毎日泣かされるのは当然と言えば当然かもしれない。
「今度はどうしたんだ?」
事実だが、流石にそんな事は口には出来ずに、何とか微笑んで優しく聞いてあげる。
「ルルが、チェスが弱いって馬鹿にするんです…っ!!」
予想通りの答えが返ってきた。その光景がよーく頭に思い浮かぶ。ルルのチェスの腕は本物で、兎に角強い。仕込めば大層な器になると、誰もが認めるほどの才の持ち主だった。
「……そうか、ルルのチェスの腕は本物だからな。だけどな、クロ」
クロの頭を優しく撫でながら、私は少し厳しく言いつけるように言う。
「お兄ちゃんがそんなにすぐに泣いてたら駄目だろう?もっとしっかりしないと。毅然にしてないから、ルルに馬鹿にされるんだぞ?強気に、もっと気を強く持て」
とりあえず、それっぽいことを言っておく。子供の喧嘩に私が出る必要も無いだろうしな。そういえば、私とシュナイゼルも、こんな感じだったのだろうか?
「そ、そうですか?」
「ああ、頑張れクロ」
少々怯えるようなそぶりは見せたものの、クロはしっかりと頷いた。私もそれに答えるように頷く。
二人で、宮殿の前まで歩く。宮殿の前ではマリアンヌ様がお花に水を与えているところだった。
「こんにちは!」
「こんにちは、マリアンヌ様」
「あら、こんにちは。ルルに用かしら?」
「はい!」
「ルルなら、多分庭で本を読んでると思うから」
クロが私の方を見つめる。私は軽く、クロの背中をたたく。
――――――――――
「あれ?クロヴィスお兄様。また負けに来たんですか?」
「…そんな事無いっ!!今回は絶対に負けないからな」
「……そうですね。今日は賭けをしましょうか」
「…?賭け?」
「ええ、どうです?勝った方がコーネリアお姉さまと結婚すると言うのは?」
私は思わず咽て咳き込む。あのマセガキは何を考えてるんだ……
「え…?」
「まさか、嫌なんて言いませんよね?勝つなら別に構わないでしょう?」
「…勿論だ!」
私は大きく項垂れた。天地が返ってもクロに勝てる要素は無かった。クロが決して弱いわけでは無く、むしろかなり強い部類に入る。ルルが別格なだけなのだ。
「大変な事になったわね」
「……ええ、全くです」
「でも、私なら大歓迎よ」
「…え?」
「コーネリアちゃんなら、ルルのお嫁さんに申し分ないもの」
「マ、マリアンヌ様っ!?」
マリアンヌ様は楽しそうに微笑んで私を見つめていた。駄目だこの親子……
――――――――――
「…チェックメイト」
「…あ…あ」
「さて、約束ですよね?お兄様?」
「え、だって」
「何ですか?此処に来て言い訳ですか?第三皇子とあろう人が、情けない……」
「あ…う」
「おまけに俺より年上だと言うのに、何時も何時も泣いてばかりで、泣けば良いと言う物じゃないんですよ?」
「う…うわあああああん!!」
「やれやれ…また泣くんですか。駄目駄目ですね」
予想通り、駄目だったか。もう役者が違うのだろう。まあ、どれだけ強気で行っても、ルルには勝てないんだろうけども。だって、チェスで負けてるのだから。でも、何だかんだで仲は良い。案外相性は良いのかもしれない。
「もう、五月蝿いです。いい加減にして下さい泣き虫お兄様!!」
「うああああああぁああああぁああああん!!!!!!!!!」
だけどね、クロ。泣いちゃ駄目だって言っただろう?