まだ日が昇りたての早朝には、清々しい匂いが立ち込めていた。何処か朝靄のかかった庭園を、振り返りながら歩いていく。慣れ親しんだこの皇宮とも、今日でお別れとなる。再び此処の大地に戻ってこれるかなんて保証は無いけれども、何処か不思議な確信めいた予感が、心を奇妙なほどに落ち着かせていた。呼吸をするたびに肺を満たしていく空気の味が心地良くて、ついつい足を止めてしまっていた。だけど、もう戻れなくて。立ち止まれない。既に後ろを見ない旅立ちは始まっているのだから。
昨夜の記憶が、余韻がまだ残っている。彼女を必死に帰そうとしたのだが、梃子でも動かぬといった彼女の姿勢にルルーシュが折れた。姉弟が並んで眠って何が悪い、なんて理屈も根拠も無い。だけど、何も言い返せなかった。
名残惜しいどころか、無いわけではない。だって、自分はまだ子供だ。ナナリーなんて更に子供。更に子供の頃から、共に仲良く過ごしてきたのだ。そんな家族との別れに、未練が残らないはずが無い。甘えと理解しつつも、ついつい一緒に寝てしまった。怠惰だと自分を哂ったが、出てきたのは涙だった。それは、当然だった。
でも、それも悪くない。誰に言い訳するわけも無く、勝手に思い込んで身体を起こした。吐く息は白く、身体を包む空気は冷たい。
彼女の方を視線を回すと、こちらに背を向けて寝ていた。声をかけても返事は無く、ただ静かな寝息だけが聞こえる。別れの言葉を、呟こうとしたがやめた。これ以上、未練を残すわけにはいかない。これ以上、心に弱さを作るわけにはいかない。だけど、一つだけ書置きを残して、そっと彼女の手に握らせた。

――――――――――

朝日が眩しくて、目を細める。冷たい風が吹き抜けていく。何処か花の匂いを感じ、その先に夢の世界があるんじゃないかと、野暮な事を夢想した。
車椅子を押す音だけが響いてく。頭に浮かぶのは何故か姉妹の表情ばかりで。怒っていたり、泣いていたり、困っていたり。でも、その中で笑った表情が一番輝いていた。
大丈夫。と、心の中で言う。忘れない。一緒の時を過ごしてきた貴女を。優しさを、温もりを、笑顔を、忘れない。もう二度と戻れない眩く輝いていた日々。それは、紛れも無い幸福に満ち溢れていた。
でも、決別する。
悲しみに満ちる胸に穴を開け、何とかそれを吐き出させる。深い溜息に不安を乗せる。想い出は大切にしまい、過去を背負って、未来へ進む。多分、その旅路は想像している以上に過酷で、険しい。それでも、自分で進むと決めたのだ。

――――――――――

この胸に暖かさが灯っている。温もりがある。それは決して永劫に消えることは無い。
それは強さをくれる。優しさをくれる。暖かさをくれる。
ルルーシュは、笑った。そして一歩を踏み出す。
色々な物が胸を過ぎていき、過去となる。それはもう手には入らないけれど、胸に愛を残してくれた。それはささやかで、切なくて、それでも、大切な幸せ。
それを、力強く、思いっきり抱きしめて。

inserted by FC2 system