人は何故、こんなにも簡単に地獄の扉を開いてしまうのだろうか。俺は、悲しい。
何時から勘違いしていたか、もう思い出せない。判らない。この力を使いこなしていると思い込みながら、実はただ踊らされていただけだという事に。
C.C.の言っていた事が今になって真に理解した。だが大抵気がついた時は、もう取り返しのつかない事態に陥ったときなのだ。


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眼球に焼きついた、忘れられない景色。血の臭いと真っ赤な世界。醒める事の無い悪夢。幾多の死体に囲まれて、彼女は其処に鎮座していた。歪んだ笑顔を浮かべながら。
鈍い赤紅に染まる夕暮れ。無数の死体が美しいまでに彩られている。もう二度と再現は出来ないだろう色合いを浮かべながら、遥か西に鮮やかな太陽が堕ちていく。世界は真紅の薔薇色に染め上げられ、毒々しいほどに煌く。
歪んだ彼女は止められなかった。誰よりも気高く高貴で、純粋で綺麗な心を持っていた。あまりに眩し過ぎて、自分には直視できないぐらいに。そんなユフィが。
この痛恨の思いは一体何というのだろうか。沈むのは夕日だけではなく、取り返しのつかない今日。新しい世界への一歩を進むはずだった今日。

 

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崩壊ではなく、ただの終焉。ユフィが自分を賭けてまで進もうとした、目指した世界は、終わりを告げた。
誰が悪いのだろうか、彼女か、俺か。考えたところでもうどうにも為らない。全てを焼き尽くす浄化の炎が、今日という一日を嘲笑う。ルルーシュは逃げることなく、ユーフェミアは動くことなく、ただ座して終焉を受け入れる。
頭が焼きつく程に、左瞳が燃え上がるように鳴動する。あまりの高鳴りに呻いてしまう。

「…大丈夫?」

ユフィがそっと両肩を抱いてくれる。若干、鼓動が落ち着いたような気がした。

「……ごめん、もう少しだけ」

ユフィに支えられる形で、一歩ずつゆっくりと歩いていく。


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服がぬれている。血がびっしりとこびり付いて、染められている。服の下は体中発汗していて、鳥肌が立っていた。恐怖と悪寒がぞわぞわと体中をかけている。
日は完全に沈み、天空には満月がぽっかりと浮かんでいた。雲ひとつ無い暗天に寂しそうに浮かんでいる。月明かりが照らすは、幾多の遺体。見渡す限りの死体。まさに、絶望という名の景色。
ざわつく不快な風が、肌にまとわりつく。汗ばんだ体は少し冷たくなっていた。

「寒くないか?」

尋ねると、ユフィは弱々しく微笑した。わかっている、大丈夫じゃないことぐらいは。
夜の闇の中を歩いていく。この先には何が待っているのか。破滅か、絶望か、終焉か、それとも全てか。


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運命は何と残酷で、無常か。止まれば良いと思った時間は、一度も止まることなく進んでいく。それでも生きて行かなければならない。
全てを受け入れて、流れ行く日々の中で、苦痛を払い、辛苦を飲み下し、それでも耐えて前へ進み続けることこそが、命の意味。
だが、それを放棄した場合はどうだろうか。この絶望の重さに疲れ、諦めた場合は、どうなのか。

「…あっ」

小石に躓いたユフィの体を支える。彼女は少し頬を染めて、体勢を立て直した。
今は考えるのをやめよう。今は一緒に誰もいない所へ……


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「失せろ!!二度と俺たちを探すな!!」

言葉は刃となり、兵士たちの神経を残らず蹂躙した。兵士たちは操り人形のように、踵を返して去っていく。
また焼ききれたような頭痛が頭に響く。あまりの苦痛に苦悶の声を上げて倒れてしまった。
先ほどから何度ギアスを使ったことか。その度に想像を絶する刺激が体を駆け巡る。少しでも気を抜こうものなら、頭の神経全てがくるって壊れてしまいそうだ。
マオはきっと負けてしまったのだ。この辛苦の戒めに。確かに壊れてしまえば気が楽になる。だけど、今は、もう少しだけ。


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少し歩きつかれて、休憩する事にした。二人は穏やかな一時を迎える。他愛の無い昔話に花が咲いた。
暖かいこの僅かな時間に、溺れていく。だが、思えば思うほど意味の無いため息が漏れるだけだった。
脳裏に思い出される情景に、救いを見出そうとする。柔らかい風が吹いて、優しい姉妹がいて、暖かい陽光を浴びて走り回っていた、何時か忘れてしまった、遠い昔の日。
だけど、そんなモノに意味は無くて。二人は押し迫る嗚咽を抑えることも出来なかった。


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この夜は眠れなかった。だから歩き続けた。ユフィは泣きながら歩いてた。時が流れるたびに深くなっていく闇。
だが、幾ら泣いても、悔やんでも、決して救われる事など無い。心の其処から、嗚咽とため息が漏れた。
そっとユフィの肩を抱く、彼女の肩は少し冷たく、僅かに震えていた。
冷たい夜の闇に包まれ、足を踏み出していく。


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僅かな痛みで、ユフィが俺の手を力いっぱい握っていることに気がついた。感覚の無くなった手を見つめると、血が滲んでいた。
体が鉛になってしまったかのような倦怠感、吐き気がするほど気分が悪い。頭の芯を貫くような頭痛が、断続的に襲ってくる。それが病などでは決してないことだけは、悲しいくらいに知っていた。
通り過ぎていく思い出、数日前の出来事。眩しい太陽と、それに負けないぐらい輝いていたユフィ。
不意に流れた冷たい風に、思わず身をかがめてしまった。


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「ユフィ、俺は君を殺す」


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そうして、朝日が昇る頃。
俺はユフィの亡骸を抱いて立ち尽くしていた。ユフィの体はあまりにも冷たすぎた。冷たい風が流れ、朝日が差し込む。
哀憐な泣き声があたりに木霊する。静かに、果てなく、途絶えることなく、静かに、微かに。
ユフィの死に顔は安らかだった。安らかに眠っていた。だが、もう起きる事は無い。この眠りが途切れることは、もう二度と無い。
天を裂く慟哭が響き渡る。ただひたすら叫び続けた。後悔と傷痕が、叫びとともに解き放たれていく。
ユフィはただ静かに、ただ眠るように、ただ安らかに、俺の手に抱かれている。眠っているのでもなく、倒れているのもない。ただ安らかに、死んでいた。

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