「ルルーシュ、おはなが可愛そう…」
ユーフェミアは泣きそうな顔でルルーシュを見つめていた。アリエス宮の庭園で、二人仲良く遊んでいた日の事。ナナリーはマリアンヌと二人して乗馬に出かけ、一人留守番していた晴れの日の午後。
無作為に花を摘むルルーシュを見ながら、ユーフェミアはその瞳に涙を浮かべていた。
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アリエス宮の庭園の隅で、ルルーシュはチェスに没頭していた。先日、ナナリーと遊んでいた際に、腰を強く打ってしまい。大事には至らなかったものの、安静を取って今日の乗馬は一人留守番となっていた。
前々から楽しみにしていただけに、酷く落ち込んでいたものの、折角の一人の自由な時間。たまにしか無い時間を有効活用するために、打倒シュナイゼルを掲げ、本を読みながら一手、二手と駒を進めていく。
「…私なら、こう動かすな」
不意に後ろから、騎士を動かす手。それは彼女らしい、真っ向勝負の一手だった。
「確かに、姉上らしい」
振り返ると、尊敬する姉の姿。それと彼女の腰にしがみ付く一人の女の子。
「…ほら、ユフィ」
コーネリアが背中を叩いて促すと、彼女はたどたどしく、だけどルルーシュの目を見据えて言葉を紡ぐ。
「……ユーフェミアです。はじめまして、ルルーシュお兄様」
桃色の髪が、風に流され揺れていた。彼女の瞳が、ルルーシュの視線を受けて揺れていた。
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心地良い風の中、二人はアリエス宮の庭園ではしゃぎながら遊んでいた。空には雲一つ無く、翳りの無い陽光が二人を照らす。さながら恋人同士のようだと、コーネリアは二人を眺めながら、素直に感じていた。
「ルルーシュ、おはなが可愛そう…」
ユーフェミアは瞳に涙を浮かべ、少し悲しそうな表情でルルーシュを見つめていた。ルルーシュはバツの悪そうな表情を浮かべ、ユーフェミアと手の中の花を交互に見つめている。
「…おはな、きっと痛がっている」
ユーフェミアはルルーシュの手の中から花を半ば強引に奪い取った。
ユーフェミアはルルーシュと花を見つめている。ルルーシュは花とユーフェミアを見つめている。
「そう、かもね。でも、今はこうして、花の冠として君を飾るために生きている。ユフィ、その花は新しい一歩を踏み出すんだよ」
ユーフェミアの手の中には殆ど完成に近い花の冠。ルルーシュはそっとその冠に最後の仕上げを施すと、彼女の頭にそれを被せた。桃色の髪を、白い冠がその色を映えさせている。
ルルーシュの真剣な瞳を見つめ、ユーフェミアは一筋の涙を流した。
「…ルルーシュ、ありがとう。でも―――」
そのユーフェミアの声は、ルルーシュの耳に届かなかった。
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目が覚めると、既に日は暮れそうな時間だった。僅かな薔薇の馨りがルルーシュの鼻腔に甘い刺激を加える。
「起きたか」
C.C.がベッドの上で、ちーず君人形を抱きしめてこちらを見つめていた。夕日が反射していて、彼女の表情は見えない。
「……あぁ」
気だるい頭で、見ていた夢のことを考える。
何て偽善。彼女の為に、花の命を奪った。彼女は、それで泣いてしまったのだろう。そして、彼女は冠を受け取らなかった。そっと、庭園に飾るように置いた。
ユーフェミアが何を言ったのか、あの時は分からなかった。でも、今は何となく判るような気がする。
……他者の命を奪って、兄弟の命を奪って、それで手にした世界を、ナナリーは受け取ってくれるだろうか?
考えても、答えは出ない。薔薇の馨りだけが、部屋に漂っている。