恋人同士として共に歩き出せば、それは以外にも直ぐに慣れてしまった。緊張してしまっていたのも最初の三日ほどで、今は既に何時もと同じ、いや、何時もより僅か、本当に僅かだけ近い関係。慣れてさえしまえば、この関係も凄く心地が良い。意地を張る必要も無いし、遠慮もする必要も無い。
しかし、心の何処かではまだ気恥ずかしい思いがあるのか、彼を目の前にすると少しだけ緊張する。それではいけないと思いながらも、理由も、それに対する解決策も思いつかない。

「智哉」

だから、私は彼に聞いてみる事にした。リビングで本を読んでいた智哉は視線だけを此方に向けた。

「…何だ?」

視線が交わる。少しだけ、胸が高鳴った。

「君と、私は…親密な関係になれていると思うか?」

「…は?」

一瞥して、再び彼は本に視線を戻した。

「……何だか、君はまだ私に一線を引いてる気がするんだ」

思ったことがそのまま口に出た。其処で初めて私は自分の気持ちに気が付く。それは不安。

「そんな事か」

つまらなそうに溜息をついて、そのままページを捲っていく。

「そんな事…って。私に、何か到らない所でもあるのか?」

「ちっ…んなじゃねぇ」

面倒臭そうに本をテーブルに置くと、彼は小さく欠伸をした。

「……あー」

珍しく歯切れが悪く、首や頭を小さく動かしながら視線を彷徨わせている。

「いや、良いんだ。言いにくいことなら…」

「違う…んなんじゃない。最後だから…邪念を入れたくないんだ」

少し照れくさそうに頭を掻いて、彼は小さく笑いながら言葉を続ける。

「付き合っていくのなんか…コレが終わってからでも出来るだろうが」

その言葉は小さくて、彼自身は眉を寄せながら、でも楽しそうに、小さく笑っていた。

――――――――――

「しかし、まあ…下らない事を思い出しちまった」

別れる時、視界の隅に少しだけ映った、綺麗な顔。強く、凛々しく、気高く、だけど弱い。そして美しい。そして思う。自分はどうしようもなく彼女が好きだったということを。どうしようもないほどに、俺は美鶴に惚れていたのだと。その表情は、抱きしめてたくなるほど可愛かった。

「…運のねぇ男だ。俺も」

呟く声は遠く溶けて。世界の闇は未だ暗く。黎明はまだ来ない。

「智哉ッ!!」

とにかく、私はもう、何があっても前しか見ない。それに君とは、言葉など無くても通じ合える。
確か…そんな事言ってたな。ま、その通りだが。前へ、お前が前へ進めるように――

――――――――――

静寂の夜は明け、絶望の闇は晴れ、世界は黎明を迎える。俺の役目、やる事は終わった。だから、悔いでも、悲しみでも、怒りでも、嬉しさでも、喜びでも無い。

「…帰りてぇ」

ただの愚痴だった。光となっていく身体を感じながら。大きく息を吐いた。そして閉じていく意識の中で最後の言葉を口にして、俺の世界は光に包まれた。

さようなら…美鶴

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