俺は一瞬身体を震わすと。コーヒーを口にした。視界の隅には美鶴の姿。その姿は美鶴であり美鶴ではない。背筋は伸び、真っ直ぐをみて堂々としている姿は何時もの美鶴そのものだが、その瞼は腫れ、目を赤くしている。

「なあ、少し休んだらどうだ?」

「…すまない、先に休ませてもらう」

俺の問いに少しだけ考えた素振りを見せて、美鶴は言う。

「…少し此処で休んでろ」

「………」

結局美鶴は俺に従った。俺の対面に座って下を見つめている。

「コーヒー、飲むか?」

「…いや、大丈夫だ」

美鶴は俯いたまま答える。その唇は乾いていた。だが、美鶴の天邪鬼に付き合うほど俺も親切ではない。メーカーからコーヒーを淹れると、美鶴の表情を見ながら一口飲む。
周りに誰もいないからか、下を俯きながら時々肩を震わせて、嗚咽を漏らしていた。俺はその表情をただ黙って見つめている。
気丈で美しい美鶴の泣き顔。泣き濡れ、震える細い肩。その涙が頬を流れて行くのを見て俺の胸は高鳴った。

「…智哉」

「……ん?」

美鶴は掠れた声を出しながら俺の方を見ている。

「何をしてるんだ?」

「…お前の泣き顔を見ながらコーヒーを飲んでる」

俺は真面目に、美鶴の瞳を見ながら言った。美鶴の目は赤いまま、だが乾いた唇が僅かに開いた。

「くっ…ははっ!」

「……」

「あはははは…」

響く笑い声。俺はそれを聞きながら、ソファにもたれかかりながら美鶴を見つめていた。

――――――――――

「さて、これからどうする?」

「…決まっているだろう。このまま塔の最上階を目指す」

美鶴の目はまだ泣き腫らしたままで赤い。だがその表情は既に何時もの美鶴だった。もう少し美鶴の泣き顔を堪能したかったのに、残念だ。

「…は、よくやるな。お前も」

「智哉、君に言われなくても自覚している」

「……可愛くねぇ女」

「でも…でも、それしかないんだ……今の私には」

俺の言葉を無視したのか、聞こえていないのか。どちらにせよ美鶴はまた泣き始めた。暫く眺め続けていたが、黙ってその頬に手を伸ばした。美鶴の頬は火照っていて赤い。そのまま頬を撫で続ける。美鶴は黙って俺の手の動きに任せている。
ふと窓を見ると、外は夕闇が広がり始めていた。頬に触れたままの俺の指先は、何時しか生暖かい涙で湿り始めていた。指先は何時までも渇く気配を見せなかった。

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