美鶴が、そっと俺の手に触れた。懐かしい感触だと、ふと可笑しな思考が脳裏を過ぎる。思い出されるのは、つい最近の事。
もし、このまま二人恋人で居られたなら、これからも二人で過ごそうと。名前しか知らなかったお互いでなく、深く互いを解り合った二人で一緒に歩いて行こうと。
それが余りに平凡すぎる日常でも、きっと掛け替えの無い幸せな日々だと感じられるだろう。手を繋いで一緒に歩く。一緒に食事をする。笑い合って、時々喧嘩もするかもしれないけど、それでも離れず傍に居る。
だが、今はそんなありふれた日常さえも遠いと解ってしまっている。近くて遠い。遠い所で霞を纏っている。それは余りに遠すぎて。幾ら手を伸ばしても、決して届かない。

「…震えているだろう?」

美鶴の呟きに俺は答えない。その言葉が何を指しているのか判っているのに、俺はただ美鶴の瞳を見つめていた。目の前の美鶴。美鶴は美鶴のままで進んで行く。俺は……酷く理不尽な気がするが、自分で選んだ道。解っているけれど、理解しきれない、堪えきれないほどの終焉な気がした。
美鶴の想い。願い。明日。考えてみたが、結局直ぐ辞めた。知った所で今更どうにもならないし、だからこそ無様な愚考だった。

「……震えてない」

美鶴の手を強く握った。不思議そうに俺を見つめる美鶴。

「俺が、守る」

自分の言葉に耐え切れなくなって目を閉じた。何を言っているのか、自分自身理解できない。辛い。だけど涙は流れない。だって其処には後悔も何も無いのだから。いや、自分の感情の何処かが壊れてしまったのかもしれない。そのまま全て壊れきってしまえば、死ぬ瞬間も楽になれるのだろうか。

「智哉」

美鶴が、少し強く握り返してきた。何れにせよ、そんな思案は些細な事。幾ら考えた所で答えは無くて、未来は変わらず、変化は無い。今はただ、奇跡を起こすだけ。幾ら絶望の夜が広がろうとも、厚かろうとも、その先には突き抜けるような輝きがある。終焉は其処にある。だから、進むだけ。
美鶴の手をまた少し強く握る。美鶴の手は、もう震えていなかった。

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