「コゥ」

突然現れたその人は、部屋に入ってくるなり私にに小さな袋を投げつけてきた。

「兄様…急になんですか?」

「開けて見れば判るよ」

小さな紙袋。見た感じは何の変哲も無いただの軽い紙袋。視界の隅では兄様が此方を見つめている。少し気になるのだが、折角なので開けてみる事にした。

「マニキュア…?」

入っていたのは一本のマニキュア。何の変哲も無い赤い、ただ只管に赤いマニキュア。

「どうしたんですか…?急に」

「コゥに似合うと思って、つい買ってきてしまったんだ」

「………」

怪しい。怪しすぎる。私にプレゼントという事は判るのだが、何かが引っかかる。

「…ありがとうございます」

何処か腑に落ちないものがあるものの、お礼は一応言っておくことにする。

「どういたしまして…ほら、少し貸してごらん?」

「え?」

妙に嘘臭い笑顔を浮かべて、私の手からマニキュアを取り上げる。気持ち悪い。仕事のしすぎで頭を可笑しくしてしまったのだろうかと、間抜けな心配が浮かぶほどに。

「ほら、座って」

済し崩し的に床に座らされ、私はただ目の前で嬉しそうにマニキュアを開封する兄上を見つめているだけ。随分と楽しそうな兄上。

「何で、そんなに嬉しそうなんですか?」

「だって、コゥに似合うと思ってるから」

何処か外れた答えを聞いて、私はつい笑ってしまった。兄様はそれを一瞥して、私の爪を一つ一つ、丁寧に塗っていく。決して慣れた手つきじゃないけど、僅かに手は震えているけど、一生懸命。
見た目は真っ赤なマニキュアだけど、実際塗ってみると、それほど色はつかなかった。淡い、淡い赤。派手な化粧を好まない私の趣味に合わせてくれたのか。感嘆を洩らしてしまうほど綺麗に塗られた指先を眺めながら、心の中で謝った。

「ありがとうございます」

心の底から、素直に笑って言った。直後。

「いや、お礼なんて要らないよ」

「………え!?」

一気に両肩を掴まれて、後ろにゆっくりと倒された。その表情はやっぱり嘘臭い笑顔で、意図に気が付いたときには、既に遅い。大きな溜息をついて、押し返そうとした。
その時に、淡い赤の爪が見えた。その爪はまだ水っぽくて。

「……兄様」

「まさか、私が塗ったというのに、暴れたりしないよね」

そう笑うと、私を更に押さえ込んで、唇で耳から首筋へ舌をなぞっていく。両手が満足に動かせず、更に身体を強く押さえ込まれてはロクな抵抗が出来ない。
兄様は焦らすように何度も顎から鎖骨まで舌を往復させると、ある一箇所で止まった。肩に近い、私の弱点。

「ぁ…兄様!!」

私が声に出すのと、強く吸い上げられるのは同時だった。
淡い赤の爪。それより少し濃い痕が首筋に残った。

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