緊張気味の妹の掌を包んだ。
私の、大切な妹。

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母親の期待を一身に背負って、コーネリアは頑張っていた。一生懸命に手を伸ばして、背伸びして。ただ我武者羅に、只管に毎日を乗り切っていた。その結果、母親は更に彼女に期待をかけ、周囲からの期待も集める事となり、更に彼女は手を伸ばす、背伸びをする。何て皮肉。
息苦しい。見ているだけで息苦しい。ならば、彼女はどうなのだろうか?自分で自分を締め上げて、追い立てて、雁字搦めにして。苦痛ではないのだろうか?

「……はぁ」

溜息を吐く。その仕草に彼女は一瞥しただけで、何の反応も見せなかった。
話しかけても碌に会話も成立しない。そもそも笑ってさえくれない。愛想をついて笑ってはくれるのだが、それでは駄目だ。

「…綺麗だと、思うんだけどね」

「…ん?何がですか?」

怪訝な表情のコーネリア。こう言った表情は直ぐに見せるのに、何故笑ってくれないのだろう。澄ましているわけではない。ただ、それが自然体なのだ。陳腐な言い様をすれば、懐かない。
彼女の笑顔は見たことがある。それは遠く離れた妹の前であり、私の前ではない。でも、綺麗だった。紛れもなく。それからだ、彼女に情景を抱くようになったのは。好きといった、そういう感情とは別の、何とも言えない不思議な気持ち。
笑わせてあげたい。楽しくて、面白くて、それで笑うといった経験をさせてあげたい。

「コーネリア」

「…何ですか?兄上」

歳相応の割りに、凛とした落ち着いた声。同じ歳の私がそう思うのだから。間違いない。彼女は、まだ腑に落ちないような、表情をしていた。

「今夜、星を見に行こう」

「…は?」

しかめっ面のまま、コーネリアは暫く考えた。その間は、随分と長く感じられた。
自分自身でも急すぎるとは思ったが、即決即断。幸い蒼穹には一つの翳りもなく、この様子なら雨なんて降ろう筈も無い。

「構いませんが、何故急に?」

「……前、言っていただろう?ユフィが、ナナリーやルルーシュ達と星を見に行ったと。随分羨ましそうに話していたじゃないか」

そんな事は無いです、と彼女は少し頬を染めて答えた。

……笑わせて、あげたいなぁ。
笑うということがどんな事か知らないわけではないだろうに。

「もう、時間ですね」

そう言って、コーネリアは私に背を向けた。凛とした背中。それは薔薇を連想させる。
真っ直ぐに伸びた茎。棘は家族を護るために。ならば、彼女は何が護るのか。薔薇であるはずなのに、その薔薇が自身を傷つける。その薔薇は紅い。未熟な高貴。その色は、彼女の血で彩られているようにも思えた。

「痛くない?」

既に消えかかっている背中に問いかけても。答えは返ってこない。

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コーネリアの手を握った。私の手と彼女の手を繋ぐ。
彼女は何かを言いたそうだったけど、頬を染めたまま俯いた。私はそれに気が付かない振りをして、歩き出す。
星の光が夜を照らし、楽しげに草や花が風に流される。晩夏というよりかは既に初秋の夜。二人肩を並べて歩いて行く。

「……コーネリア、迷惑だった?」

「え…いいえ!そんな事無いです!」

俯いたコーネリアをからかっただけのつもりだったが、彼女は生真面目に返事を返してくれた。でも、笑ってはくれなかった。
二人でただ歩いていく。思えば、ずっと前から二人で居たのに、初めての事だった。何だか、それは酷くつまらないような事に感じた。

「…兄上。背が高いんですね」

「そう、かな?」

言われてみれば、昔は同じぐらいの身長だったのに。今ではコーネリアより頭一つ分以上も高かった。並んで歩くと、良くわかった。

「昔は、同じぐらいだったのに」

「ふふ…そうだね」

笑うと、コーネリアは少しだけ悔しそうな表情を浮かべた。その瞳に胸がなって、思わず目を逸らした。新しい彼女の一面を知って、嬉しくなって更に頬が緩んだ。
家族って、妹って良いね。何でもしてあげたくなる。

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どちらからとも無く、二人並んで地面に腰掛けた。視線を遠くに向ければ、一面の夜空。視線を高く向ければ、先天の月。
コーネリアは目を細めて夜空を見上げていた。嬉しそうな彼女の表情と鮮烈の夜空。星の生まれる世界。
何だか引き込まれるような錯覚を覚えながらも、ずっと夜空を眺めていた。広がる夜空に幾多の星が浮かんでいる。

「ありがとう、兄上。嬉しいです」

黙ってしまっていた私に、コーネリアが呟くように言った。振り向くと、微笑んでいる彼女。それは、今まで見たどの彼女よりも魅力的で、綺麗だった。
その言葉がどれだけ私の胸に響いたか、その表情がどれだけ見たかったか、私は今とても嬉しいと、伝える事が出来ればいいのに。

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夜空の月を二人で見上げている。星の海を二人で眺めている。無数の光と、幾多の影。戸惑いも不安も、拭ってしまうような空。その空の下、私と彼女がただ座っている。風の音が響く。流れていく風の音。それは遠く、高く、世界に澄みきっていくような静かで優しい音色。二人で耳を傾け、月を見続ける。祈るように。

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