世界は色彩を失った。終焉の幕開けだった。
色彩の無い幕が力無く降ろされていく。今この瞬間に、彼女の世界は果てを迎えた。周りに浮かぶは深淵の闇。ソレは更に深みを増す暗黒の刻。寒く寂しい夜。音は届かず、風は沈滞し、花も停滞する。絶望がゆっくりと確実に彼女の命を包み込んでいく。しかし、彼女の意思は既に抗う事を諦め、絶望に身を委ね、ただ己の崩壊と滅亡を待つ。何故ならば、彼女自身はもう死んでいるから。終焉。彼女の身体は既に動かず。故に彼女の命は、意思は眠る。

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燃えていく、華園が。崩れていく、彫刻が。壊れていく、庭園が。その中でコーネリアは静かに眠っている。
コーネリアの愛機であるグロースター。ソレは彼女の死を嘆くかのように強大かつ激昂の炎を撒き散らす。彼女の心景描写を浄化するかのように雄雄しく舞い上がる炎は庭園を燃やし焦がす。その中で彼女は静かに眠っている。

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その夜は眠れなかった。
理由は解らない。無いのかもしれない。だが、言葉には出来ない、予感のようなモノが確かに胸の奥に鎮座していた。そして、ソレが間違っていないと言う確信も確かに感じている。
カーテンから僅かに覗く夜空。更に其処から雲間に隠れていた満月が、シュナイゼルを見据えている。それは恐ろしいぐらいの存在感でシュナイゼルの寝室を照らしていた。
……コゥ?
ふと、妹の名前が体内の空気を吐き出すかのように、溜息のように漏れた。その言葉に悲しみがこみ上げて来る。何故?と言う事は問題ではない。説明できるものでもない。だがそれでもシュナイゼルは感じている。愛しき妹姫、コーネリアと自分は確かに何処かで繋がっている、絆があるということを。
泪が、落ちた。悲しみが、吐き出された。深く瞑目し、静かに嗚咽を漏らす。こみ上げて来る慟哭を何とか押し留め、傍らに置いてある小さな箱を開けた。中の指輪が割れていた。
コーネリアが、死んだ。
疑うべくも無い。閉じた瞼の裏が熱くなる。明滅する光が瞼を焼き尽くそうと一層の輝きを増す。脳内で燐光が激しく輝き、心を焼き尽くそうと体内を駆け巡ろうとする。シュナイゼルはその激情に、静かに身を任せた。
その中で思い浮かぶのは、コーネリア、彼女の表情。姿。彼女の存在がシュナイゼルに輝きを与えていた。何をしたわけではない、ただ彼の前に存在しているだけで、彼の心に幸せを植えていた。

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その異様な景色。聖域であろうかと見間違えるように崩壊した庭園の中。其処に命のあるものは存在していない。何一つとしても。シュナイゼルはその光景に忘我する。
安らかとも言える寝顔は、空を見上げていた。静かに、安らかにコーネリアは死んでいた。眠っていた。シュナイゼルは何も言わず、コーネリアを抱き上げた。その身体は軽かった。その身体は冷たかった。
崩壊したその庭園は、まるで彼女への手向けの華のようだった。その庭園を包む暁夜は彼女の死を濯ぐ墓標のようだった。それは何も無い、何とも無い光景。その中で、シュナイゼルは泣いていた。
静かに風が吹く。僅かに月光が降り注ぐ。散った花々が空に舞い、コーネリアの魂を送り届けるように昇っていく。悲哀に満ちた嗚咽が、絶望に押し込められた慟哭が静かに響いていく。何処までも、果ても無く、僅かに、微かに、途絶えることなく続いていく。鎮魂歌のように。

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